心地無相戒?無相心地戒?
ちょっと気になったので記事にしてみたい。実は、拙僧はこの両方の語句を混同して用いていた。考えてみれば、どちらが「正しい」といったような確認を怠っていたことに気付いた。そこで、今日はその辺を考えてみたい。まず、この語句については中国禅宗六祖慧能禅師(638~713)に由来すると思われる。韶州刺史韋拠請し、大梵寺に於いて妙法輪を転じ、并びに無相心地戒を受く。門人紀録し目けて壇経と為し、盛んに世に行わる。『景徳伝灯録』巻5「曹渓慧能禅師章」ここに、「無相心地戒」という表現が見えており、一方で、「心地無相戒」は無い。よって、古い表現は「無相心地戒」であったことが分かる。しかし、一般的に見られる『六祖壇経』を確認すると、慧能禅師は先に挙げた用語は勿論のこと、「心地戒」「無相戒」ともども用いていない。慧能禅師の言葉としては...心地無相戒?無相心地戒?