悉多太子の出家について(拝啓 平田篤胤先生14)
前回の記事は、「「悉多太子の妻子の数」についての議論」と題して、いわゆる平田篤胤自身の議論の方法、語り方などを確認した。ただし、最近、読んでいた本に、この篤胤の語りについて論じていた研究があったので、学んでおきたい。篤胤の語りの対象は、おもに各地の神官とその門人たちであった。神官は、一定の教養をそなえた地方の知識人であり、その周辺には、神官と文化的教養と宗教的信仰でつながった知的中間層の人たちが、必ず一定数いた。かれらは、経済的にも比較的恵まれ、地域における一定の地位をもつ人たち。民衆への指導力をそなえた地方名望家層といってもよい。かれらが地域の氏子を代表し、物心両面で神社とその信仰を支えるような構造が、全国にあった。辻本雅史先生『江戸の学びと思想家たち』岩波新書・2021年、198頁篤胤については、元々、或る...悉多太子の出家について(拝啓平田篤胤先生14)