篤胤の天竺論(4)(拝啓 平田篤胤先生8)
ここ数回の記事では、「篤胤の天竺論」を論じている。篤胤は、仏教の開祖である釈迦牟尼仏が活動したインド(天竺)のことを明らかにすることで、日本との差異を示し、当然に仏教については、宗教としての日本での有効性の無さを示そうとしていると推定される。よって、篤胤なりのインド分析が語られたのである。それはまづ彼国の人物に四つの差別がある。是をまづ心得にやなりませんが、夫はちやうどこちらの詞にたとへば士農工商と云やうなわけでござる。まづ第一を刹帝利といふ、これは代々王となるべき家柄で、則月氏七千余国の国々の王となつているのでござる。第二を婆羅門といふ、是は翻訳していへば浄き行と云ことで、則浄行とかく詞で国柄相応に有り来つた学問もして、段々家を伝へるものでござる。第三を毘舎と云ふ、これは商人でござる。第四を首陀と云、是は農業...篤胤の天竺論(4)(拝啓平田篤胤先生8)