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伝統的日本仏教を見直そう

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伝統的日本仏教を見直そう
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伝統的日本仏教を見直そう
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伝統的日本仏教について、肯定的な内容であれば何でもOKでございます。日本で江戸時代以前に存在しなかった宗派・新宗教についての内容や、日本仏教について批判的な記事は、投稿をご遠慮くださいませ。
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伝統的日本仏教を見直そうの記事

1件〜50件

  • 南天棒による『正法眼蔵』「嗣書」巻批判?
    2021/04/22 09:09
    南天棒による『正法眼蔵』「嗣書」巻批判?

    「南天棒」こと中原鄧州老師(1839~1925)は、明治時代から大正時代にかけて活動した臨済宗の僧侶であり、常に南天の棒を携え、全国の禅道場を巡って修行者を容赦なく殴打したため、先のように呼ばれた。こういう厳しいのが「禅」だと思っている人には、とても人気であるという。それで、今回の記事は、先に挙げたタイトルの通りだが、南天棒の言葉に、道元禅師『正法眼蔵』「嗣書」巻への批判が見えたので、それを見つつ、批判の射程と、その可否について検討してみたい。まぁ、宗派が違うので、南天棒自身は「是」として主張したのだろうが、洞門の拙僧としてはそのまま同意するわけにもいかない。嗣法の原理はこの勘定では分からぬ。嗣法の広大無辺にして際涯なき無量心に参ぜねばならぬ。時間の不可得なる所をも参詳するがよい。早く合点の行くようにいえば、長...南天棒による『正法眼蔵』「嗣書」巻批判?

    tenjin95

    つらつら日暮らし

  • 北宗禅の菩薩戒思想について
    2021/04/21 08:49
    北宗禅の菩薩戒思想について

    禅宗に於ける戒思想というのは、日本だけに限定すれば、かなりの紆余曲折を見せることになったと思われる。理由は、天台宗の大乗戒壇成立後、いわゆる日本三戒壇の権威は相対化され、そして鎌倉時代に入ると、戒に関する動向は復興派と無視派と、おそらくはその中間路線を行こうとした人に分かれるようになる。禅宗内部でもそうで、戒定慧の三学の中で、定を重んじる反面、戒について無理解だったと評されるような人もいる。或いは戒を必死に護ろうとした人もいる。その間だった人もいる。よって、各時代の戒に関する考え方や、祖師の言葉を丹念に見ていくしかないわけですが、今日は日本にも天台宗の最澄を通して伝わった北宗禅の菩薩戒思想を見ていこう。各各、胡跪合掌す。当に四弘誓願を発さしむ。衆生無辺誓願度。煩悩無辺誓願断。法門無尽誓願学。無上仏道誓願証。次に...北宗禅の菩薩戒思想について

    tenjin95

    つらつら日暮らし

  • 「三帰」と「三竟」の話
    2021/04/20 07:15
    「三帰」と「三竟」の話

    仏教で「三帰」というと、以下の一節のように唱えるものである。我れ帰依仏、帰依法、帰依僧す。『長阿含経』巻15要するに、仏法僧の三宝に対して、帰依を表明すれば、それが「三帰(三帰依)」なのである。然るに、関連して以下のような注意がされることがある。是の如く三たび説いて三宝に敬礼す。礼し已りて語りて云く、此れは是れ三帰なり、更に三竟有り、汝、一心に受くべし。『略授三帰五八戒并菩薩戒』ここで、タイトルにも関わるのだが、「三帰」が終わってから、「三竟」があるという。これについては、曹洞宗などでも用いている「三帰依文」を思うと、すぐに分かると思う。帰依仏竟、帰依法竟、帰依僧竟。「三帰依文」これが三帰に続いて唱えられるのだが、これを先の文献では、「三帰」に続いて、更に「三竟」有りと示したのである。そこで、宗門の「三帰依文」...「三帰」と「三竟」の話

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    つらつら日暮らし

  • 「持戒三楽」について
    2021/04/18 09:58
    「持戒三楽」について

    『釈氏要覧』を見ていたところ、「持戒三楽」という項目を見出した。持戒三楽四分律本偈に云く、明人能く護戒し、能く三種の楽を得る。名誉及び利養、死すれば天上に生ずることを得る。『釈氏要覧』巻上「戒法」項ここでいう「三楽」は後半部分が該当する。そこで、典拠については、「四分律本偈」とあるのだが、仏陀耶舎訳の『四分律比丘戒本』の巻末に見える偈のことだと分かる。意味としては、智慧を明らかにするような正しい人は良く護戒して、三種類の楽を得られる。それは、名誉と自らの利益と、死後に天上界に転生することである。つまりは、現当二世の楽を得ることを意味している。ただし、興味深いのは、この「楽」はあくまでも、この三界中の楽であり、三界を超越した仏道としての「楽」では無いということだ。三種の楽とは、名誉、利養、是れ現在果報の楽なり。天...「持戒三楽」について

    tenjin95

    つらつら日暮らし

  • 「不応食」の話
    2021/04/17 12:02
    「不応食」の話

    漢訳仏典を見てみると、「不応食」という言葉は、「応に食するべからず」ということだが、具体的な意味するところでは、タイミングや、供養している場面の問題などを扱う場合もあれば、食べる種類を扱う場合もある。後者の例としては、大乗『大般涅槃経』などがある。若し食中に多くの肉有るを見れば、則ち応に受けるべからず。一切の現肉、悉く応に食するべからず。食すれば、罪を得る。我れ今、是の断肉の制を唱う。若し広説すれば、則ち尽くすべからず。『大般涅槃経』巻4「如来性品第四之一」この場合、肉に対して、食べるべきでは無いという話になっているため、それを「不応食」としているのである。「不応食」として、明確に肉食の禁止を説くのは、『賢愚経』や『華厳経』に、「不浄肉」の禁止が見られるが、上記の通り『涅槃経』では全面的な禁止となり、更に後代に...「不応食」の話

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    つらつら日暮らし

  • 垂語と索語と釣語
    2021/04/16 10:06
    垂語と索語と釣語

    昨日、【結夏の上堂について】という記事を書きながら、思ったことを簡単に記事にしておきたい。特に、現在の「結制祝祷上堂」の作法について、途中に「垂語」というのが出てくる。一応、軌範上の定義は以下の通りである。>垂語住持は拄杖を卓てゝ垂語し、「何々底の漢あらば出で来て商量せよ」などゝ法問を促す。『昭和改訂曹洞宗行持軌範』「年分行持・五月十五日・結制祝祷上堂」項、138頁中秋の賞月の次いで、垂語に云く、正当恁麼時、如何。衆、下語す。師、示すに偈を以てす、正当恁麼時如何、指話以前に方に好看すべし、修行を費やさざるの供養力、南泉物外独り閑閑たり。『月舟和尚遺録』このように、中秋の名月を観ていた時の月舟宗胡禅師の「垂語」は、ただ「正当恁麼時、如何」であり、それに対して、大衆が応えて「下語(一言ずつ言葉を述べた)」したのであ...垂語と索語と釣語

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    つらつら日暮らし

  • 結夏の上堂について
    2021/04/15 09:43
    結夏の上堂について

    今日4月15日は結夏(夏安居の開始)である。それで、この結夏に合わせて上堂を行う場合もある。道元禅師は、『永平広録』巻3-238上堂で、「結夏の上堂」を行われているし、また、結夏の上堂に関する軌範として、「十五日の陞座罷、住持人、法座よりおりて……」(『正法眼蔵』「安居」巻)とある通り、「陞座」とは「上堂」と同じ意味であり、しかも「十五日」とは旧暦の「四月十五日」を指し、結夏なのである。よって、道元禅師が結夏に上堂をされていたことは間違いないが、その後の曹洞宗ではどうだったのだろうか?・只だ上堂罷、公界に礼賀するのみ。次に上堂拈香し、着座の後、侍者焼香し、引いて同事に楷下より望み問訊す。・侍者、又た戒臘牌を打調す。同じく粥罷上堂の以前、法堂東間に法座に向かって高く安置す。ともに『瑩山清規』このように、瑩山禅師も...結夏の上堂について

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    つらつら日暮らし

  • 今日は結夏(令和3年度版)
    2021/04/14 06:40
    今日は結夏(令和3年度版)

    今日は結夏ではあるが、それは旧暦での見方であり、現在は1ヶ月後の5月15日が結夏の基本となっている(気候や地域によって、前後して良いとされる)。それでも、例えば、道元禅師が夏安居について「四月十五日握拳し、七月十五日開拳す」(『永平広録』巻3-248上堂)という言葉に見られるように、やはりかつての祖師方の言葉を学ぶ場合は、今日という日付に結夏を思ってしまうものである。そういうことなので、今日は以下の一節を学んでおきたい。結夏上堂。九旬の縄墨長短に非ず、曲直縱横功業新なり。木馬泥牛混雜する処、風に嘶ひ月に吼る力耕親し。諸禅徳、摩竭の掩室、少林の面壁、什麼の意旨有るや。良久して云く、一粒荒田に在り、耘らざるに苗自ら秀つ。『義雲和尚語録』「宝慶寺語録」、訂字本7丁表、原典に従って訓読まずこれは、後の永平寺5世中興・義...今日は結夏(令和3年度版)

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  • 比丘が捨戒(還俗)をする時について
    2021/04/13 09:15
    比丘が捨戒(還俗)をする時について

    とりあえず、以下の一節を見ておきたい。捨戒四縁婆沙論に云く、尽形寿の律儀、四縁に由りて捨つ。一つには所学を捨つ〈即ち戒を捨つ〉。二には二形生ず〈即ち、男の女に変じ、女の男に変ずる時〉。三つには善根を断ず〈謂わく悪戒・邪見を受く〉。四つには衆を捨つると分を同ず〈即ち身死す〉。『釈氏要覧』「戒法」項、訓読は拙僧他にも、「六縁」という話が続いているようだが、要するに「四縁」の解釈の仕方の問題であるため、ここは放っておこう。さて、ここで挙げた「捨戒」であるが、還俗論でもある。比丘が自ら受けていた戒を捨てて、僧であることを辞めることを意味する。『釈氏要覧』では、典拠として『阿毘達磨大毘婆沙論』巻117「業蘊第四中邪語納息第二之二」を挙げている。そして、同論では「第五縁」も挙げているが、「諸持律者の説くに、法滅没の時、第五...比丘が捨戒(還俗)をする時について

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    つらつら日暮らし

  • 猿戒壇の話
    2021/04/12 15:21
    猿戒壇の話

    以前、或る近世洞門学僧の語録を読んでいたら、こんな法語が出ていた。猿戒壇昔人定を習い巌巒に坐す、群猿、授戒し石に壇を作る、豈に将に僧をもって獣の如くならざるべし、律文熟読して心肝に刻む。連山交易禅師『帰蔵采逸集』巻2、『続曹全』「語録一」巻・109頁上段、訓読は拙僧それで、実はこの法語を訓読しておいてから、この「猿戒壇」に因む話を探していたのだが、結構それなりに長い期間放置しておいたものの、拙僧自身、この話を見付けきれなかったので、先にブログにアップしてしまおうと思ったのである。おそらくは、この法語の元ネタになったであろう仏教説話があるように予感しているのだが、この辺が良く分からない。もし、ご存じの方がおられれば、教えていただければ幸いである。さて、この法語の意味するところだが、昔、或る人が禅定をするために、岩...猿戒壇の話

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    つらつら日暮らし

  • 声聞戒と菩薩戒の「重戒」に対する相違について
    2021/04/11 10:05
    声聞戒と菩薩戒の「重戒」に対する相違について

    とりあえず、以下の一節をご覧いただきたい。菩薩五戒威儀経に云く、比丘、四重を犯せば、更に受路無し。菩薩、犯すと雖も、脱すれば更に受くべし。比丘の四重を犯するも、懺悔を開し、本得に帰すること、行事鈔記中四之三巻、十二葉已下に見へたり。菩薩の重受に不同、文広ければ、爰に略す。大虚喝玄禅師『永平丈室夜話菩薩戒義』「重受戒法」項、『曹全』「禅戒」巻・224頁上下段これは、「重戒」に対する見解の相違を述べようとした一節なのだが、大虚喝玄禅師(永平寺40世)は、「菩薩の重受に不同、文広ければ、爰に略す」として、全体を論じてはおられない。そこで、拙僧なりに大虚禅師がご指摘なさろうとした内容を補完しておこうという記事である。まず、ここでいう「重戒」というのは、声聞戒であれば諸律で説くところの「四重禁」を意味しており、「婬・盗・...声聞戒と菩薩戒の「重戒」に対する相違について

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    つらつら日暮らし

  • 『弘法大師御遺誡』参究
    2021/04/09 06:35
    『弘法大師御遺誡』参究

    拙僧自身、密教に於ける戒律(持戒)に興味があったのだが、中々取っ掛かりも無いので、放っておいた。まぁ、最近では『弘法大師全集』の古いやつなら、著作権も切れて、結構ネット上でも読めるようになったので、弘法大師空海の著作から学ぼうと思うようになった。今日はそんな感じで作られた記事である。諸もろの弟子等固く戒律を守って婬を行ぜず、死門に及ぶと雖も妄語せず、病を療治すと雖も酒を飲まず、常に閑処を好んで衆に交わらざれ、常に仏の名を唱えて多言せざれ、永く私の貯を捨てて利を好まざれ、菩提を求めて官福を望まざれ、乞食を行じて請用を受けざれ、卑下の心を起こして憍慢せざれ、縦ひ理を得ると雖も談論せざれ、衣は求め得るに随て色を好まざれ、食は求め得るに随て美食せざれ、平等の心に住して親疎せざれ、弘法の事を営みて遊戯せざれ、善友に昵て悪...『弘法大師御遺誡』参究

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    つらつら日暮らし

  • 今日は釈尊降誕会(花まつり・令和3年度版)
    2021/04/08 07:23
    今日は釈尊降誕会(花まつり・令和3年度版)

    今日4月8日は、釈尊降誕会、一般的には「花まつり」と呼ばれる。曹洞宗では、高祖道元禅師が最初に開いた京都深草の興聖寺で既に、釈尊降誕会(呼称は仏生会・浴仏会など)を執行され、その後、晩年に到るまでほぼ毎年行った記録が残されている。記録といっても、いわゆる「上堂」という説法の記録が主である。ただし、他にも法要を行った可能性は、以下の一節から知られる。四月八日は仏生会なり。〈中略〉念誦の法は、大衆集定ののち、住持人、まづ焼香す、つぎに、知事・頭首、焼香す。浴仏のときの、焼香の法のごとし。『正法眼蔵』「安居」巻このように、4月8日の釈尊降誕会が示されている。理由は、「安居」巻とは、道元禅師が越前に入られてから構築された、「夏安居」の作法を示すものである。夏安居は、4月15日から制中となるが、同巻では4月1日以降の諸作...今日は釈尊降誕会(花まつり・令和3年度版)

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    つらつら日暮らし

  • 近世曹洞宗教団の本寺による末寺の住職選定への優越性について
    2021/04/06 09:11
    近世曹洞宗教団の本寺による末寺の住職選定への優越性について

    近世江戸時代の曹洞宗教団は、徳川幕府の宗教政策の中で、いわゆる「本末関係」を徹底することとなった。「本末関係」の徹底はは、曹洞宗に限ったことではないが、とにかく、江戸時代には各宗派の本山(総本山・大本山等)が定められ、その下に末派寺院を組み込むという上下関係が常態化したのであった。もちろん、それは一朝一夕に確立されたわけではなく、幕府の法度を見ていくと、繰り返し本寺を尊重する見解を発していることから、全国では一悶着では済まないような闘諍があったことを想起させるのである。そこで、今回は関連する法度の条文を見ておきたい。なお、典拠は文部省宗教局編『宗教制度調査資料』巻16「江戸時代宗教法令集」(大正14年)から引くこととしたい。本書は横関了胤先生『江戸時代洞門政要』でも繰り返し引用されているため、その見解との交通も...近世曹洞宗教団の本寺による末寺の住職選定への優越性について

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    つらつら日暮らし

  • 昨日は清明だったらしい(令和3年度版)
    2021/04/05 06:07
    昨日は清明だったらしい(令和3年度版)

    昨日4月4日は二十四節気の1つ「清明」だったらしい。清明は4月4日か5日かで揺れるものなので、ちょっと油断してた。なお、清明について、旧暦であれば2月下旬頃であり、春になり行く様子を「清浄明潔」と表現し、この語句を略して「清明」とした。さて、禅林ではこの日に、「清明貼符」といって、「鎮防火燭」と書かれたお札を、建物の入口や問の柱に貼り付けて、伽藍の防火などを祈願することとなっている。曹洞宗でも伝統的な行持であり、例えば以下の記述が知られている。三月に入りて節日、是の日、清明なり。皆な「鎮防〈火〉燭」を書して、札に三宝印を行じて、日中諷経の次いで、消災咒一遍を誦し、諸堂・諸寮の柱に押貼す。或いは大檀越并びに諸庵及び諸檀越舎に賦す。『瑩山清規』「年中行事」これは、瑩山紹瑾禅師(1264~1325)が示された教えであ...昨日は清明だったらしい(令和3年度版)

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    つらつら日暮らし

  • 聖徳太子と道元禅師
    2021/04/04 11:04
    聖徳太子と道元禅師

    昨日から法隆寺で聖徳太子1400回の御遠忌が始まったとのこと(5日まで)。・法隆寺で聖徳太子の1400回忌奈良、5日まで法要(共同通信)日本仏教の一僧侶として、飛鳥時代に仏教興隆を進められた聖徳太子(厩戸王、574~622)の道業は讃歎せられなくてはならないと考えている。まぁ、謎の「非実在説」なども出ているようだが、正直、「非実在説」については、釈尊や親鸞聖人にも存在した位なので、或る意味で、国学に無意識的に依存する歴史学者による研究の洗礼を浴びたということなのだろう。それで、誰が何といおうと、後代には聖徳太子信仰が出ていたわけで、日本仏教のほとんどの宗派に影響している。それは、拙僧ども曹洞宗でも例外ではない。在家の人天なれども、袈裟を受持することは、大乗最極の秘訣なり。いまは、梵王・釈王、ともに袈裟を受持せり...聖徳太子と道元禅師

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    つらつら日暮らし

  • 「持戒の上中下」について
    2021/04/03 06:16
    「持戒の上中下」について

    とりあえず、以下の一節をご覧いただきたい。若し護らず、放捨すれば、是れを破戒と名づく。此の戒を破れば、三悪道中に堕つ。若し下持戒ならば人中に生じ、中持戒ならば六欲天中に生じ、上持戒又たは四禅・四空定を行ずれば、色無色界の清浄天中に生ず。上持戒に三種有り、下清浄持戒ならば阿羅漢を得、中清浄持戒ならば辟支仏を得、上清浄持戒ならば仏道を得。『大智度論』巻13「初品中尸羅波羅蜜義第二十一」要するに、上記一節では、「破戒」と「持戒」のあり方について、幾つかの種類があることを示している。なお、元の『大品般若経』では、持戒の基本を「十善戒」に置いており、本論も同様である。そこで、上記一節の理解方法としては、「十善戒」を守らないでいれば、破戒とするという。これは当然のことだが、破戒の結果は三悪道(地獄・餓鬼・畜生の三道)に堕ち...「持戒の上中下」について

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  • 臥雲童龍禅師の尸羅会法語(4)
    2021/04/02 07:04
    臥雲童龍禅師の尸羅会法語(4)

    以前にアップした【戒量慧全禅師書写『室中法宝』写本について】の関係で、大本山永平寺60世・臥雲童龍禅師(1790~1870)に関する事跡について、中村泰心師・山内堯海師編『永平六十世臥雲童龍禅師遺稿(全)』(大正8年)を見ていたところ、8本の授戒会法語を確認出来た。ちょうど、江戸時代から明治時代へと日本が変わっていく状況で、授戒会で必要とされた思想も、どのように示されたのか、見ていきたい。今回は4本目である。戒月団団にして義天に掛かる、虚明寂照にして三千に徹る。言うことを休みね極楽西方土、当処に湛然として宝蓮座す。『臥雲禅師遺稿』15丁裏、訓読は拙僧意味としては、まず戒の功徳を満月に譬え、その団団とした月が義天に掛かっているという。義天とは「第一義天」のことで、仏法の優れた道理を天に譬え、その最高なる様子を示し...臥雲童龍禅師の尸羅会法語(4)

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    つらつら日暮らし

  • 道元禅師と清水寺(令和3年度4月1日投稿)
    2021/04/01 06:11
    道元禅師と清水寺(令和3年度4月1日投稿)

    道元禅師が詠まれたとされる「寺」という道歌がある。寺宿を出は尋ねてゆかん清水寺名にたかはずば住やとまると野崎海東『聖僧道元』(文学同志会、明治33年)127頁このように、明治末期の文学者による文献に記載されている。意味だが、宿を出て、尋ねていこう清水寺を、その名に違わず住もうとすれば留まることになる、とでも出来ようか。おそらくは、「清水」を「済む水」と解釈し、このような内容になっていると思われる。まぁ、気になるのは、道元禅師が「宿」を出て清水寺に行ったことがあるのか?ということと、後半部分の出来が、余りよろしくない(正直、誤字なのでは?)ということである。曹洞宗と清水寺といえば、道元禅師から数えて4代の法孫、瑩山紹瑾禅師(1264~1325)の慈母に由縁があるとされる。同年六月十八日、勝蓮峰に円通院を建て、当山...道元禅師と清水寺(令和3年度4月1日投稿)

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    つらつら日暮らし

  • 『出定笑語』の大意(拝啓 平田篤胤先生2)
    2021/03/31 06:44
    『出定笑語』の大意(拝啓 平田篤胤先生2)

    前々回から始まった、平田篤胤先生(1776~1843)の『出定笑語』についての連載であるが、今回から本文に入っていこうと思う。ところで、こういう連載をする時に、いつも迷うことがあって、それは毎回どれくらいの文章を取り上げるべきか?と迷っている。例えば、既に連載を終えた富永仲基『出定後語』については、章立てがあったので、毎回1章などと決めていれば良かった。しかし、『出定笑語』は、本編全4冊という区分けはあるが、本文に簡単な段落程度はあるものの、講演の回数などで分けているわけではないようである。かなりの分量であるから、1回の講演というわけは無いはずだが、この辺は敢えて一編の著作として編集したということなのだろうか。そこで、勝手ながら、或る程度の文章を読み込んで、適切と思われた「題(各記事のタイトル)」を決め、それに...『出定笑語』の大意(拝啓平田篤胤先生2)

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  • 第十五条・修営条(『僧尼令』を学ぶ・15)
    2021/03/30 07:25
    第十五条・修営条(『僧尼令』を学ぶ・15)

    連載は15回目となる。『養老律令』に収録されている『僧尼令』の本文を見ているが、『僧尼令』は全27条あって、1条ごとに見ていくこととした。まずは、訓読文を挙げて、その後に拙僧なりの解説を付してみたい。なお、『令義解』の江戸期版本(塙保己一校訂本・寛政12年[1800]刊行、全10巻で『僧尼令』は巻2に所収)も合わせて見ていきたい。凡そ僧尼、苦使犯せること有らば、功徳を修営し、仏殿を料理し、及び灑き掃う等に使え。須く功程有るべし。若し三綱顔面って使わずば、即ち縦せる所の日に准えて罰苦使せよ。其れ事の故有りて、聴許すべくば、並に其の事の情を審らかにして、実を知りて、然して後に請うに依るべし。如し意故有りて、状無きを輙く許せらば、輙く許せる人は、妄りに請える人と罪同じ。『日本思想大系3』220頁を参照して、訓読は拙僧...第十五条・修営条(『僧尼令』を学ぶ・15)

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    つらつら日暮らし

  • 戒定慧(其の八)(指月慧印禅師『荒田随筆』参究25)
    2021/03/29 08:52
    戒定慧(其の八)(指月慧印禅師『荒田随筆』参究25)

    江戸時代の洞門が輩出した学僧・指月慧印禅師の主著である『荒田随筆』を学ぶ連載記事であるが、今は「戒定慧」という一章を学んでいる。早速、本文を見ておきたい。大聖の世を統る、其の所に有するに因て、以て教を立て、極に至しむ。若し極に至こと有は、乃ち固より有ことを見るべきなり。而して学の道は、唯だ人に在ことは、則ち情欲の過習で、而も性と成り、其の本に反せり。故に、今の情欲に就て、而して此の学を設て、以て其の反する者を反せしめんと欲す。彼の情欲の成は、本を去こと遠し。苟も遠に向ことは、必ず迩より自すべし。故に入に教て其の迩く学て而も習の道を以す。戒有て而も過悪去べし。定有て而も煩囂免べし。慧有て而も道環照べし。是、学は始終有とも而も其拠る所の道は、則ち凡聖一揆なる所以なり。苟も貫統せざれば、三皆成こと無のみ。久かな、吾徒...戒定慧(其の八)(指月慧印禅師『荒田随筆』参究25)

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  • マルティン・ルター『九十五箇条の提題』を学ぶ・20
    2021/03/28 07:27
    マルティン・ルター『九十五箇条の提題』を学ぶ・20

    ドイツ宗教改革の発端にもなったとされるマルティン・ルターの『九十五箇条の提題』の日本語訳を学んでいく連載記事である。連載20回目である。20だからこそ教皇は、すべての罰についての完全な赦しを与えることで、それによって単純にすべての罰が赦されると理解するのではなく、それはただ自らが科した罰の赦しだけだと理解しているのである。深井氏下掲同著・18頁要するに、教皇は罰への赦しを与えることが出来るが、それは、全ての罰(それこそ、神が定めたことに対しての罪に基づくもの)には及ぶことがなく、あくまでも自ら(教皇、或いは教会法に基づく)が科した罰の赦しくらいだとしているのである。例えば、煉獄にいった魂などについての赦しは可能かどうか、といった問題について、ルターは否定的に扱っている。有り体にいえば、「神の代理人」は、しょせん...マルティン・ルター『九十五箇条の提題』を学ぶ・20

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  • 「請知事法」と「入寺式」について
    2021/03/27 08:17
    「請知事法」と「入寺式」について

    現在、我々が一般的に「入寺式」と呼ぶ作法は、『行持軌範』では「請首座法」という。しかし、その制定には紆余曲折があったことが知られる。入寺式の事は、固より諸清規に無き者なり、宗内に中古以来一会結制等に於て首座の為に安下処を設けて入寺すること、恰も住持の晋山に類似するもの、其の何の理由たるを知らず、弊の甚きなり。按ずるに現今結制の首座は、諸清規に称する処の首座と其名同ふして其実を異にす。今の首座は三出世の初級にして一種特別の任職と成れり。故に請首座亦特別ならざる可らず。勅修に立僧首座を請する法名徳首座を請する法あれども、今時の用に適せず。禅苑に諸知事・請頭首法あり、勅修に両序進退法あり。僧規・小規は其の全文を採り、又は之を演べ書にせし等皆な今時請首座の法に適せざるのみならず、行礼煩に過ぎ、前後錯雑して穏当ならず。依...「請知事法」と「入寺式」について

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  • 『血脈論』は誰が書いた?
    2021/03/26 08:52
    『血脈論』は誰が書いた?

    禅宗の開祖とされる菩提達磨尊者の著作として『少室六門』というのが知られている。ただし、知っている人が多いと思うが、この辺、とっても微妙な扱いだ・・・このような伝記の変化と並行する形で、達摩の名を冠する著作(達摩論)も続々と現われた。北宗系の『悟性論』や南宗系の『血脈論』が代表的なもので、それぞれ各派の思想を反映した内容となっているが、こうした達摩仮託書の多くは、思想の進展とともに捨て去られる運命にあり、また、語録の成立によって、表現手段としても歴史的使命を終えたため、次第にその製作も行われなくなった。伊吹敦先生『禅の思想』法蔵館、15頁つまり、達摩(達磨)の名前を冠して作られた文献があるということだ。なお、『少室六門』の中には、『二種入』という著作も入っていて、これは、一応、達磨が書いたかも知れない『二入四行論...『血脈論』は誰が書いた?

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  • そもそも「戒名」という用語はいつから使われたのか?(14)
    2021/03/25 13:43
    そもそも「戒名」という用語はいつから使われたのか?(14)

    最近、改めて日本の葬儀や葬送儀礼、葬送文化について書かれた新書などを見直しているのだが、ちょっと気になった一節を見出した。亡くなってからあとの受戒については、『梵網経』に語られている。つぶさには『梵網盧舎那仏説菩薩心地戒品』という。これも中国で作られた経典、いわゆる疑経である。そこには、親族が亡くなったその日に僧侶に依頼して菩薩戒を唱えてもらうとある。その功徳で天に生まれるようにはかる。『禅苑清規』でもまさに亡僧が亡くなった日に誦戒する。すなわち戒を読みあげたのである。戒を受ける。そうすることで仏弟子になる。すなわち出家者になる。戒を授けられた出家者には、出家者としての名があたえられる。戒名という。没後に戒名を授ける日本の習慣はここからはじまった。菊地章太先生『葬儀と日本人―位牌の比較宗教史』ちくま新書・201...そもそも「戒名」という用語はいつから使われたのか?(14)

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  • 「懺悔道場」への御垂示
    2021/03/24 06:15
    「懺悔道場」への御垂示

    今日は、以下の御垂示を学んでいきたい。殊に第五日目の夜間には特別に懺悔道場を設け戒弟は一人一人其道場に入り戒師の前にて「障罪無量」と唱へて懺悔する、戒師は仏の御名代として其懺悔を受ける、それより本堂に於て焼香して捨身供養の式を勤めるのである、吾々が自ら顧みて煩悩と罪障の垢れを愧ぢて将来の言行を慎しみ、仏の御済度を仰ぎて信心歓喜に涵りなば、其時此全身心が浄められて、仏の御慈悲力に抱かるることが出来る、新井石禅禅師御垂示『授戒の心得』(禅の生活社・昭和2年)6頁下段、漢字など見易く改める大本山總持寺の貫首であられた、新井石禅禅師(独住第五世、1865~1927)の御垂示である。端的に、授戒会中の七日間の加行について、特に5日目の「懺悔道場」について提唱された文脈である。気になるのは「障罪無量」の記述と、捨身供養との...「懺悔道場」への御垂示

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  • 彼岸到と到彼岸(令和3年度版春彼岸)
    2021/03/23 07:06
    彼岸到と到彼岸(令和3年度版春彼岸)

    今日で令和3年度の春の彼岸会も終わるのだが、今日という日に因んで、以下の一節を学んでおきたい。波羅蜜といふは、彼岸到なり。彼岸は去来の相貌蹤跡にあらざれども、到は現成するなり、到は公案なり。修行の、彼岸へいたるべしとおもふことなかれ。これ彼岸に修行あるがゆえに、修行すれば彼岸到なり。この修行、かならず遍界現成の力量を具足するがゆえに。『正法眼蔵』「仏教」巻これは、道元禅師が「三乗」について提唱された箇所で、ご覧の通り「菩薩乗」に於ける「波羅蜜」を示されたものなのだが、この「波羅蜜」というのは既に説明している通り、「パーラミター」の音訳で、意味からすれば「到彼岸」と説明してきた。然るに、道元禅師は「彼岸到」とされ、「到」の位置が逆転しているのである。もちろん、「彼岸に到る」という漢語からすれば、「到彼岸」の方が一...彼岸到と到彼岸(令和3年度版春彼岸)

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  • 春の彼岸会期間中(4・令和3年度版)
    2021/03/22 07:07
    春の彼岸会期間中(4・令和3年度版)

    春の彼岸会期間中である。新型コロナウィルスの状況については、一部地域では厳しいが、そうでもない地域では、是非、この機会を捉えて、菩提寺や御先祖様が眠られる墓地へのお参りいただくのは如何だろうか。ただお参りいただくのであれば、感染リスクは高くないと思うためである。さておき、今回の彼岸会では、漢訳・漢語の仏典中に見える、「彼岸」及びその対義語の表現を見ていきたいと思う。例えば、以下の一節などはどうか。是の善男子、善女人布施する時、是の念を作す、「我れ是れ施主、我れ是の人に施す、我れ是の物を施す。我れ持戒し、我れ忍辱を修し、我れ精進し、我れ禅に入り、我れ智慧を修す」と。是の善男子、善女人、是の施、是の我施有りて念じ、乃至、是の慧、是の我慧有りて念ず。何を以ての故に、檀那波羅蜜中、是の如き分別無し、此・彼岸を遠離すれば...春の彼岸会期間中(4・令和3年度版)

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  • 春の彼岸会期間中(3・令和3年度版)
    2021/03/21 10:17
    春の彼岸会期間中(3・令和3年度版)

    春の彼岸会期間中である。新型コロナウィルスの状況については、一部地域では厳しいが、そうでもない地域では、是非、この機会を捉えて、菩提寺や御先祖様が眠られる墓地へのお参りいただくのは如何だろうか。ただお参りいただくのであれば、感染リスクは高くないと思うためである。さておき、今回の彼岸会では、漢訳・漢語の仏典中に見える、「彼岸」及びその対義語の表現を見ていきたいと思う。例えば、以下の一節などはどうか。是の如く我れ聞けり、一時、仏、王舎城の迦蘭陀竹園に在す。時に、生聞婆羅門有りて仏所に詣で来たり、仏足を稽首して、退いて一面に坐し、仏に白して言わく、「瞿曇よ、説く所の此・彼岸、云何が此岸なるや、云何が彼岸なるや」。仏、婆羅門に告げ、「殺生は、此岸と謂う。不殺生は、彼岸と謂う。邪見は、此岸と謂う。正見は、彼岸と謂う」。爾...春の彼岸会期間中(3・令和3年度版)

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  • 今日は春の彼岸会御中日(令和3年度・春分の日)
    2021/03/20 08:47
    今日は春の彼岸会御中日(令和3年度・春分の日)

    今日は春の彼岸会御中日である。もちろん、世間一般には「春分の日」と呼称されて、祝日ではあるが、元々土曜日であるから、有り難さは余り無いかもしれない。とはいえ、こういう機会を捉えて、是非に菩提寺や御先祖様のおられる墓地に参拝していただきたいと、拙僧はただただ願う。ところで、何故、菩提寺や御先祖様への参拝を促すのか?それは彼岸会自体の位置付けに由来する。彼岸会について、その成立については、【彼岸会―つらつら日暮らしWiki】をご覧いただければ良いと思うのだが、実際の成立は良く分かっていないといって良い。いわば、民間信仰と、仏教の教理や実践とが、適度に組み合わされた習合的行持なのである。もちろん、その習合の度合いで、色々な組み合わせやその濃淡が発生するので、それ自体が宗教の文化的意義を研究する人には良い研究対象を提供...今日は春の彼岸会御中日(令和3年度・春分の日)

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  • 春の彼岸会期間中(2・令和3年度版)
    2021/03/19 07:29
    春の彼岸会期間中(2・令和3年度版)

    春の彼岸会期間中である。新型コロナウィルスの状況については、一部地域では厳しいが、そうでもない地域では、是非、この機会を捉えて、菩提寺や御先祖様が眠られる墓地へのお参りいただくのは如何だろうか。ただお参りいただくのであれば、感染リスクは高くないと思うためである。さておき、今回の彼岸会では、漢訳・漢語の仏典中に見える、「彼岸」及びその対義語の表現を見ていきたいと思う。例えば、以下の一節などはどうか。煩悩の無き処を般涅槃と名づく。無相の処を名づけて彼岸と為す。迷時に此岸有り。悟時に此岸無し。何を以ての故に、凡夫、一向に此に住すと為す。若し最上乗を覚る者は、心、此に住せず、亦た彼に住せず。故に能く此彼の岸を離るるなり。若し彼岸を此岸と異なれりと見れば、此の人の心、已に禅定無し。煩悩を衆生と名づく。悟解を菩提と名づく。...春の彼岸会期間中(2・令和3年度版)

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  • 春の彼岸会期間中(1・令和3年度版)
    2021/03/18 06:51
    春の彼岸会期間中(1・令和3年度版)

    春の彼岸会期間中である。新型コロナウィルスの状況については、一部地域では厳しいが、そうでもない地域では、是非、この機会を捉えて、菩提寺や御先祖様が眠られる墓地へのお参りいただくのは如何だろうか。ただお参りいただくのであれば、感染リスクは高くないと思うためである。さておき、今回の彼岸会では、漢訳・漢語の仏典中に見える、「彼岸」及びその対義語の表現を見ていきたいと思う。例えば、以下の一節などはどうか。何をか波羅蜜と名づくるや。此れは是れ西国の語、唐に言わく到彼岸と、義を解すれば生滅を離る。生滅の起るの境に著すれば、水の波浪有るが如し、即ち名づけて此岸と為す。『六祖壇経』「般若第二」項六祖慧能禅師本人が、訳語などについてどこまで知識があったのかは知らないが、この人には『金剛経口訣』という文献があった、なんていう指摘も...春の彼岸会期間中(1・令和3年度版)

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  • 今日から春の彼岸会(令和3年度版)
    2021/03/17 07:54
    今日から春の彼岸会(令和3年度版)

    今日から春の彼岸会である。彼岸会の成立や展開については、【彼岸会―つらつら日暮らしWiki】をご覧いただければ良いと思う。それで、今回の彼岸会では、漢訳・漢語の仏典中に見える、「彼岸」及びその対義語の表現を見ていきたいと思う。例えば、以下の一節などはどうか。宏智禅師、天童に住せし時、浴仏の上堂に云く「清徹性空水、円明浄智身。箇中に体を洗わず、直下に了に無塵なり。成仏有り、降神有り、彼岸有り、迷津有り〈以下略〉」。『永平広録』巻3-256上堂ここで、道元禅師は宝治2年(1248)4月8日の釈尊降誕会に於いて、中国曹洞宗の宏智正覚禅師の上堂語を引いたのだが、その中に「彼岸と迷津」という表現が見られるのである。そして、当然にこれは、彼岸は悟りの世界、迷津は迷いの世界に対応する。そして、一般的な「彼岸と此岸」とに比べる...今日から春の彼岸会(令和3年度版)

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  • 独菴玄光禅師の還俗論(1)
    2021/03/16 09:26
    独菴玄光禅師の還俗論(1)

    仏教と一神教系宗教の最大の違いは、いわゆる宗教者になった後で、辞めることが出来るかどうかが問われることである。一神教系宗教では宗教者になるということは、基本的に「神に選ばれた」ことを意味するため、人間側の都合で辞めることが出来ない。現実の宗教組織という観点では、辞めることが出来ても、宗教的には辞められていないのだ。その点、仏教は「還俗」という言葉の通り、出家者であってもそれを辞めて、俗に還ることが出来る。そして、江戸時代初期の洞門学僧である独菴玄光禅師(1630~1698)が、還俗論を採り上げておられるので、それを見ておきたい。僧の俗に還るは、仏の在世、已に然り。況んや今世に於いては、異するに足らざるなり。然るに昔人、質直にして偽無く、跡、行を羨やまず、言、情の溢れず。所以に、出家学道、或いは困じて持戒の任重く...独菴玄光禅師の還俗論(1)

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    つらつら日暮らし

  • 円頓戒と宗門の戒について
    2021/03/15 09:23
    円頓戒と宗門の戒について

    ちょっとした論考を書くに及んで、先行研究として挙げようか迷い、結果として扱っている問題が違いすぎることから挙げなかった論文がある。それが、鏡島元隆先生の「円頓戒と禅戒・仏祖正伝菩薩戒」(『道元禅師とその周辺』収録)なのだが、この論考の「一円頓戒と禅戒」では、、江戸時代に曹洞宗内に天台宗所伝の円頓戒と、宗門所伝の禅戒との同異を検討した事例を挙げつつ、特に禅戒の淵源について示したもので、非常に参考になった。とはいえ、今回、拙僧が論じたのは、曹洞宗内での禅戒(または禅戒一如)の議論に対し、それを批判したタイプの議論が存在したことであった。その点、鏡島先生は虎関師錬が明庵栄西の戒について、かなり無理をして禅戒と円頓戒の一致を目指したことを示されるところに、その力点が置かれていた。虎関師錬の戒学については、別個検討される...円頓戒と宗門の戒について

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  • 梅峰竺信禅師『林丘客話』下巻に於ける代付肯定論について(1)
    2021/03/14 09:46
    梅峰竺信禅師『林丘客話』下巻に於ける代付肯定論について(1)

    以前から、『曹洞宗全書』「解題」巻に於ける、梅峰竺信禅師『林丘客話』への解題(担当:鏡島元隆先生)が気になっていた。それは、以下のようにあることである。然し、後の嗣法論争において大きな問題となった、大陽投子代付問題について、本書はこれを取上げている。しかも、注意すべきことは、後の嗣法論争において一師印証・面授嗣法の宗義に反するとして、史実として否定された大陽投子代付問題が、本書では史実として認められていることである。『曹洞宗全書』「解題」巻・258頁下段鏡島先生は上記のように指摘されており、拙僧自身、この指摘について、どう会得していくか、大学院の頃からの参究課題であった。何故ならば、梅峰竺信禅師(1633~1707)といえば、卍山道白禅師(1636~1715)と共に、「宗統復古運動」の中心人物として活躍され、実...梅峰竺信禅師『林丘客話』下巻に於ける代付肯定論について(1)

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  • 瑩山紹瑾禅師の阿波城万寺での授戒についての雑考
    2021/03/13 07:00
    瑩山紹瑾禅師の阿波城万寺での授戒についての雑考

    この辺は、既に実世界の論文でも書いたことがあるので、まずは、備忘録的な記事である。曹洞宗の太祖・瑩山紹瑾禅師(1264~1325)の首先住職地は、阿波城万寺(現在の徳島県海部郡)であることが知られているが、この経緯については、『洞谷記』が伝えている。廿八にて阿州海部の城万寺の住持に充つ、廿九にて永平寺の演老に就いて、受戒の作法を許可せらる、即年の冬初、始めて戒法を開き、最初、五人を度し、卅一に至り、七十余人を度す、卅二にて加州大乗開山介和尚の宗旨を参得して、嗣法して長嫡と為り、大乗最初の半座と為り、分食と分院の佳名を得て、超師の気概の証明を得る。大乘寺所蔵・古写本『洞谷記』、訓読は拙僧ということで、以上となるのだが、拙僧的に未だに良く分かっていないことが複数存在している。まず、上記の経緯の真偽については、もはや...瑩山紹瑾禅師の阿波城万寺での授戒についての雑考

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  • 持戒と供養
    2021/03/11 07:06
    持戒と供養

    今日3月11日は、東日本大震災から10年である。改めて亡くなられた方々へ哀悼の意を表したい。また、ご身内や友人、縁者を亡くされた全ての方々にもお悔やみ申し上げたい。なお、こういう時には当然、供養が問われるべきであろう。曹洞宗には道元禅師『正法眼蔵』「供養諸仏」巻や、江戸時代の学僧・天桂伝尊禅師による『供養参』の存在が知られているが、ここでは以下の一節を通して学びを深めてみたい。善男子、汝、今、受戒の後、まさに須らく頂戴奉持すべし。持する所の戒律を違犯することを得ざれ。三宝を供養し、福田を種えることを勤めよ。『禅苑清規』巻9「沙弥受戒文」この一節は、中国の禅林に於いて、在家者が沙弥として出家する際に、式師(戒師)が唱える一節である。具体的には、沙弥十戒を受けた後で、その受けた戒を良く頂戴奉持し、違犯することが無い...持戒と供養

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  • 「水板」の謎
    2021/03/10 06:33
    「水板」の謎

    「水板」とは、現在の曹洞宗で用いる応量器(鉢盂)に入る法具である。ところが、この法具について、道元禅師の『赴粥飯法』には出ていないことは夙に有名である。それで、色々と文献を見ていくと、江戸時代の諸清規にも出ていないことが分かった。そのため、他にも調べてみたところ、戦後の『昭和改訂曹洞宗行持軌範』(昭和25年)に見出し、以下のようにあった。次に身に向ふ方の複角を以つて鉢を包み、牀縁に垂れた方の複角を身に向けて重ね包み、浄巾を畳んで(横に二つに折りまた縦に三つに折る)其の上に置き、匙筯袋と水板とを浄巾の上に置き鉢拭の皺を伸ばして覆ふ様に置き、次に両手を以て左右の複角を取り鉢の中央にて結ぶ、結び返しにして袱紗の両端は同じく右に垂れる。「収鉢」項、『改訂軌範』「赴粥飯法」22頁以上のように、「水板」は収鉢時に急に出てく...「水板」の謎

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  • 3月9日「ありがとうの日」(令和3年度版)
    2021/03/09 07:04
    3月9日「ありがとうの日」(令和3年度版)

    今日3月9日は、語呂合わせで「3・9」⇒「サンキュー」⇒「ありがとうの日」としている。禅林では、堂頭が役寮に対して「謝」する機会が見られた。例えば、以下のような一節はどうか。維那に謝する上堂、鉄槌無孔、仏祖単伝す。拈得して用て承虚接響す、一時に打殺す野狐禅。『永平広録』巻5-385上堂「維那」に謝するということで、会下で維那を務めた僧の任期が来たので、交代するに及び、感謝した上堂である。なお、逆に拝請する場合には「請維那上堂」となる。もちろん、他の役の場合には「維那」の部分が、別の役職名(首座や典座など)となる。道元禅師は、興聖寺時代はこれらの上堂をした記録は無いのだが、越前大仏寺を開単されてからは、たびたび行われた。本上堂もその1つである。内容を簡単に読み解けば、維那が僧堂で撃っていた鉄槌には孔が無く、その丸...3月9日「ありがとうの日」(令和3年度版)

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  • 続々「梅は寒苦を経て清香を発す」について
    2021/03/08 08:26
    続々「梅は寒苦を経て清香を発す」について

    これまでの記事は、【続「梅は寒苦を経て清香を発す」について】をご覧いただければ良いと思う。禅語であるとも、或いは、何かの古典、詩偈等々、様々な評価がされる「梅は寒苦を経て清香を発す(梅経寒苦発清香)」について、意外なところに関連する記述を見付けたので、それを紹介しておきたい。それで、関連する記述が載っていたのは、拙僧所持の写本『法戦集』である。おそらくは江戸時代の中後期頃の成立、または書写とは思うのだが、奥書等が無いため一切不明である。内容は、名称の通り「法戦式」に用いる問答集である。ただし、内容を読んでみたが、宗派を定めかねている。まぁ、色々と出てくる文言から、曹洞宗だとは思うのだが、禅問答は臨済宗こそ非常に盛んであるため、その線も捨てきってはいない。以上のような状況ではあるが、手元の『法戦集』の一部でも読み...続々「梅は寒苦を経て清香を発す」について

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  • 卍山道白禅師による授戒会作法批判への反論
    2021/03/07 09:33
    卍山道白禅師による授戒会作法批判への反論

    加賀大乘寺27世・卍山道白禅師(1636~1715)は、本師である月舟宗胡禅師が再興した禅戒会を、更に敷衍して『対客閑話』『禅戒訣』などの提唱を行ったことでも知られるが、その中に気になる一節を見出した。客、予の緒言を聞いて云く、「近世洞門の一員知識有りて、洞門の衣を著け、洞門の飯を喫しながら、専ら他の黄檗派下の戒会を開き、戒子に告げて云く、『今、洞門のいわゆる禅戒は、月舟・卍山の造作する所、信用するに足らず』と。未審、其の説有りや」。予云く、「噫、是れ阿毘達磨順正理論のいわゆる魑魅魍魎の魅する所、軽く此の言を発する者か。爾らず。則ち、畏るべき大悪言なり。前のいわゆる永平・大乘・大慈の三処の室中の真本、諸方の古刹に伝来の旧本、舟翁と雖も、老衲と雖も、争か能く一字を其の間に増損することを得んや。若し、一字たりと雖も...卍山道白禅師による授戒会作法批判への反論

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  • 「三徳六味」に関するお話し(令和3年度版)
    2021/03/06 10:56
    「三徳六味」に関するお話し(令和3年度版)

    今日は3月6日、語呂合わせで「三徳六味」について考える日としている。ところで、この言葉の意味については、「三徳六味―つらつら日暮らしWiki」をご覧いただければ良いと思う。なお、これは既に【「三徳六味」の話】という記事でも書いた通りだが、中国禅宗では「三徳六味」という言葉を問答に用いていた。今日もそんな一節を紹介しておきたい。首座に謝する上堂に云く、弥勒看れども見えず、釈迦説けども得ず。恁麼尊貴生、日用に差忒無し。得と不得、識と不識と。三徳六味の味逾かに多し、千古万古に規則と為す。『法演禅師語録』中国臨済宗楊岐派の五祖法演禅師(?~1104)の語録から引用してみた。首座に就いていた僧に謝する上堂である。上堂の意味であるが、弥勒は看ようと思っても見ることができず、釈迦は説こうとしたが説けなかった。そのように首座は...「三徳六味」に関するお話し(令和3年度版)

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  • 今日は山居の日(令和3年度版)
    2021/03/05 09:46
    今日は山居の日(令和3年度版)

    今日3月5日は「山居の日」である。もちろん、こんなことは、おそらく誰も言っていない。拙僧が語呂合わせで勝手に主張しているだけである。そこで、「山居」というのは、文字通り「山に居す」ということで、禅僧などが城邑を離れて山林に籠もり、修行することをいう。拙僧ども曹洞宗の高祖・道元禅師(1200~1253)には、『永平広録』巻10に「山居」と題された偈頌(漢詩)15首と、『道元禅師和歌集』にも同じく「山居」と題された道歌(和歌)が2首収録されている。しかも、他の先達にも多く「山居」と題された偈頌等が残されており、これらを参究する機会を設けるために、「山居の日」を唱えてみた。ただし、拙僧自身の僧籍地は山奥なので、「山居」っぽいのだが、今はそういう場所に住んでいるわけではない。しかし、常に拙僧は「孤独」である。そういう心...今日は山居の日(令和3年度版)

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  • 面山瑞方禅師「尸羅敲髄の尾に跋す」を読む
    2021/03/04 14:09
    面山瑞方禅師「尸羅敲髄の尾に跋す」を読む

    かなり怖い文章を見付けてしまった。もしかすると、人権的な問題を含む内容かもしれない。よって、怖いことが苦手な方は、これ以上読み進めないことをオススメする。それでは、以下の一節を見ていきたい。尸羅敲髄の尾に跋す武城福寿院の甘露英泉は、洞下の僧なり。生質敏利なりと雖も、其の識を覆盆す。才、亦た襪線にして、内に信根無く、外に我見を逞しくす。其れ書に著くなり。胡乱の指注、法に益無く、人を利さず。只だ先徳を毀罵して以て己の意を快ならんと欲するのみ。嗚呼、愚なるかな。今茲に八月十六日、疾無くして血を嘔く。幾乎、一升七合計りにして、暴死す。此の事、武城青松寺の僧、直ちに福寿隣峯の総泉寺の僧の語に聞く。而して、書に加えて余に告げる。余、感懼すること一ならず。偈を打して彼の著す所の、尸羅敲髄の尾に書くものなり。偈に言わく、甘露人...面山瑞方禅師「尸羅敲髄の尾に跋す」を読む

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  • 今日は上巳の節句(令和3年度版)
    2021/03/03 07:55
    今日は上巳の節句(令和3年度版)

    今日3月3日は世間としては上巳の節句である。この日の様子については、【今日は上已の節句(桃の節句)(平成29年度版)】や【今日は上巳の節句(令和2年度版)】などをご覧いただければ良いのだが、今日はまず、以下の一節を見ておきたい。元亨四年甲子三月三日、法座鉞立す、己丑の日、予の六合日なり、仏、鹿野苑に在りて、初めて法輪を転ずるの日なり、瑩山紹瑾禅師『洞谷記』古写本系統、訓読は拙僧これは、元亨4年(1324)に法堂に備える法座について、マサカリを入れ始めた日、ということである。つまり、瑩山禅師がご自身の「偃息の地」として定められた、能登永光寺の伽藍整備の過程を示されたものである。そして、同年4月8日に間に合わせて開堂説法を行われた。さて、上記一節で気になるのは、瑩山禅師がこの3月3日について、「仏、鹿野苑に在りて、...今日は上巳の節句(令和3年度版)

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  • 『六祖壇経』と「無相戒」に関する一主張
    2021/03/02 11:51
    『六祖壇経』と「無相戒」に関する一主張

    江戸時代の学僧・面山瑞方禅師が行った『六祖壇経』についての指摘を見ていきたい。六祖壇経に、無相三帰戒と云ことあり、次でに説べし。六祖大師初めて、南海より曹渓に至し時、国主韋璩と云人、大梵寺の講堂の中に請じて、衆の為に無相戒を授しめらる、無相戒とは大乗戒の名なり、その正伝の事は、壇経に七仏より六祖までの血脈を、自説せられ、この戒壇を執行せられしゆへに、六祖壇経とは云なり、伝灯録にも云く、「韶州刺史韋拠請し、大梵寺に於いて妙法輪を転じ、并びに無相心地戒を受く。門人紀録し目けて壇経と為し、盛んに世に行わる」。しかるを支那も日本も、禅家に大戒の授受を失却せしゆへに、壇経と云は、なにゆへの名と云ことを、壇経の注釈作るものもしらず、あまつさへ、後人改刻の壇経には、文句も作り直して、無相戒を除却せり、悲まざらんや、日本の寛永...『六祖壇経』と「無相戒」に関する一主張

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  • 『出定笑語』とは?!(拝啓 平田篤胤先生1)
    2021/02/28 09:07
    『出定笑語』とは?!(拝啓 平田篤胤先生1)

    前回から始まったこの連載であるが、実は今回もまだ本文には入らない。今回は、平田篤胤先生(1776~1843)の『出定笑語』について解題等を行おうと思っているのである。まず、この連載で拙僧が見ようと思っているテキストについては、この記事の下段に挙げてある通りなのだが、江戸時代末期の版本には朝臣資政による「序」が見え、本書の成立の一端が理解出来る。百不足出羽国の御民に篤胤翁無比重太健雄々しき大倭魂を振起して、宗とある書ども著られけるいとまのひまに、諸人の解得やすく俗語もてものせられたるこの書、もと此大坂に御宇の年号を延享と申しころ、富長仲基といひし人出定後語といへるふみ書て、仏道明らかに論ひたるを本居翁うちみて、諾よくも論ひ定めたり、彼道の学問に長たる欲しだにえやはかくものすべきと讃歎おかれたるを、ゆかしみなつかし...『出定笑語』とは?!(拝啓平田篤胤先生1)

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  • 第十四条・任僧綱条(『僧尼令』を学ぶ・14)
    2021/02/27 06:24
    第十四条・任僧綱条(『僧尼令』を学ぶ・14)

    連載は14回目となる。『養老律令』に収録されている『僧尼令』の本文を見ているが、『僧尼令』は全27条あって、1条ごとに見ていくこととした。まずは、訓読文を挙げて、その後に拙僧なりの解説を付してみたい。なお、『令義解』の江戸期版本(塙保己一校訂本・寛政12年[1800]刊行、全10巻で『僧尼令』は巻2に所収)も合わせて見ていきたい。凡そ僧綱に任ずることは〈謂わく、律師以上〉、必ず徳行ありて、能く徒衆を伏し、道俗欽み仰ぎて、法務に綱維たらん者を用いるべし。挙す所の徒衆、皆連署して官に牒せよ。若し阿党朋扇して、浪りに無徳の者を挙すること有れば、百日苦使。一任の以後、輙く換えることを得ざれ。若し過罰有らん、及び老い病して任えざるは、即ち上法に依りて簡び換えよ。『日本思想大系3』220頁を参照して、訓読は拙僧まず、本条で...第十四条・任僧綱条(『僧尼令』を学ぶ・14)

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