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伝統的日本仏教を見直そう

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伝統的日本仏教を見直そう
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伝統的日本仏教を見直そう
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伝統的日本仏教について、肯定的な内容であれば何でもOKでございます。日本で江戸時代以前に存在しなかった宗派・新宗教についての内容や、日本仏教について批判的な記事は、投稿をご遠慮くださいませ。
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伝統的日本仏教を見直そうの記事

1件〜50件

  • 瑩山禅師撰『總持寺十箇条之亀鏡』についての参究
    2021/01/23 10:20
    瑩山禅師撰『總持寺十箇条之亀鏡』についての参究

    今回は、曹洞宗の太祖・瑩山紹瑾禅師撰と伝わる『總持寺十箇条之亀鏡』を参究しておきたい。本文書は、現在であれば『曹洞宗全書』「宗源(下)」巻に収録されているため、容易に見ることが出来るけれども、読んでみると色々と思うところが出てくる。よって、まずは本文全体を訓読の上、各条文を学んでみたい。当寺開山十箇條之亀鏡①一当寺は依る檀越無く、托鉢をもって住持を勤めんと欲す。然るに、皇の情けに依りて勅願所と為す。故に、予の嗣法門人、尽未来際、当山を以て本寺と為し、輪次の住持を勤めて、宝祚の長久を祈り奉るべき事。②一当寺は吾が宗第三の刹なりと雖も、勅許に依りて出世の道場と為る。伝法の門人等、向後に於いて当寺の規矩を守るべき事。③一当寺は元是れ教院なりと雖も、定賢律師の請に依りて、教を革め禅と作す。故に定賢律師をもって開基と為す...瑩山禅師撰『總持寺十箇条之亀鏡』についての参究

    tenjin95

    つらつら日暮らし

  • 今更「戒名」の件でガタガタ騒いでもな・・・
    2021/01/22 06:33
    今更「戒名」の件でガタガタ騒いでもな・・・

    とりあえず、以下の一節をご覧いただきたい。戒名が今後どうなるか、どうするか、大に今から考へて置く必要がある。戒名は漢字でかく事になつて居るが、漢字といふものは段々と制限される傾向にある。この日本の言葉の趨勢に対して如何に善処するか。戒名には多くの差等をつけてゐる。院号とか居士号とか信士号とかと階級がついてゐる。これに対する知識階級の反感は段々と加はりつつある。これをどう善処するか。戒名の差等を排してしまうか。上に統一するか、下に統一するか。戒名には改善の余地が無いか、古人が考げたままで宜しいか、時勢が変つてゐるのであるから改善することが必要なのではないか。永久岳水先生『禅門住職行持学全集第十二巻戒名の知識と戒名の字鑑』鴻盟社・昭和27年、74頁まずは、上記に引用した文献の発行年を見ていただきたい。昭和27年(1...今更「戒名」の件でガタガタ騒いでもな・・・

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    つらつら日暮らし

  • 仏教徒が過ちを犯してしまったら・・・
    2021/01/21 09:27
    仏教徒が過ちを犯してしまったら・・・

    少し面白い文脈を見出したので、学んでみたい。伝に曰く、過れば則ち改むるに憚ること勿れ。本より則ち罪を悔やしめれば、清浄なり。本の如くにして異なること無し。『宋高僧伝』巻25「唐京兆大興善寺守素伝」仏教徒が、もし過ちを犯した時には、どうすれば良いかを端的に示した一節である。このように、罪を悔いれば清浄となり、元の状態になると示している。さて、ここでいう「過れば則ち改むるに憚ること勿れ」には、典拠があることは良く知られたことだろう。この部分の典拠は孔子の『論語』である。忠信を主とし、己に如かざる者を友とすること無かれ、過ちては則ち改むるに憚ること勿れ。「学而」篇以上である。確かに、曹洞宗的には、道元禅師が三教一致批判をしているので、この辺の言葉をどう評価すべきか迷うかもしれないが、道元禅師は一方で、原理原則として批...仏教徒が過ちを犯してしまったら・・・

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    つらつら日暮らし

  • 菩薩沙弥と菩薩比丘について
    2021/01/20 12:18
    菩薩沙弥と菩薩比丘について

    先日、【解脱房貞慶『南都叡山戒勝劣事』と『正法眼蔵』「受戒」巻について】という記事を書いたが、その際に気になった言葉がある。それは、「菩薩比丘」である。要するに、比丘ではあるが、菩薩戒も受けている者を指す。一方で、同じような概念で、「菩薩沙弥」もあるはずで、今日はその辺、菩薩戒関係の文献で、どのような定義をされているかを見ておきたいと思うのである。それで、まず、「菩薩沙弥」については、『妙法蓮華経』「化城喩品」に3箇所ほど出ており、「十六菩薩沙弥」とある。要は、16人の菩薩沙弥がいた、という話になるのだろうが、残念ながら意味や定義は書かれておらず、これ以上は不明。そして、他の文献などでも多くを見ることが出来ない。参考までに、日本曹洞宗関係の文献だと、天童如浄禅師と道元禅師との問答で、以下の一節が知られている。堂...菩薩沙弥と菩薩比丘について

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    つらつら日暮らし

  • 寺院の承継と企業の承継
    2021/01/19 08:41
    寺院の承継と企業の承継

    先日、このような記事を目にした。・大戸屋問題で考える事業承継計画書不測の事態に備えて早めの策定を(ツギノジダイ)この記事では、いわゆる「ファミリービジネス」とその承継についての問題点が指摘されている。ファミリービジネスというのは、余り良くない印象の言葉に直すと「同族経営」ということになるようだ。それで、この記事に注目したのは、当然に現代の日本仏教寺院の多くが、「ファミリービジネス」になってしまっているからである。もちろん、「本来の仏教は……」という議論があることは承知しているが、それをここでいってもどうしようもあるまい。そういう人は、どうぞ「ファミリービジネス」になっていない仏教寺院が存在しているので、そういうところの信者になれば良いと思う。それに、そういう議論をしたがる人は、拙寺にとって直接の関係が無い。当然...寺院の承継と企業の承継

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    つらつら日暮らし

  • 大乗仏教の菩薩戒を学んでみて思うこと
    2021/01/18 10:34
    大乗仏教の菩薩戒を学んでみて思うこと

    備忘録的な記事である。拙僧自身、関わっていたプロジェクトの関係で、ここ数年、曹洞宗の戒について学んできた。曹洞宗の戒とは、道元禅師が名付けたように「仏祖正伝菩薩戒」といい、「菩薩戒(或いは仏戒)」であり、いわゆるの「声聞戒」ではない。「声聞戒」というのは、『四分律』などの各部派で伝えた『律』にて示されている戒本(波羅提木叉)を指す。もちろん、声聞という呼称自体、大乗仏教側からの呼び方であるから、「声聞戒」とは自称ではない。ただ、そうでも呼ばないと、菩薩戒との比較が出来ないので、そう呼ばせて貰っている。それで、拙僧自身が「菩薩戒」を改めて学んでみて思った感想とは、やはり「開遮持犯」についても学ばないとダメだということ。これは、「声聞戒」についても、「経分別」までしっかりと学んでみれば、どのような場面で制定された「...大乗仏教の菩薩戒を学んでみて思うこと

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  • 面山瑞方禅師『傘松日記』に見られる道元禅師の御袈裟について
    2021/01/17 11:08
    面山瑞方禅師『傘松日記』に見られる道元禅師の御袈裟について

    江戸時代に面山瑞方禅師が当時の永平寺貫首・大虚喝玄禅師に招かれて拝登した際の記録が『傘松日記』である。面山禅師が当代随一の学僧であったことは間違いないが、大虚禅師もまた、特に宗門の戒学について第一人者であった。そのため、お二人の議論などは、後代の我々にとっても非常に益となる。今日は、その一つとして、以下の一節を見ておきたい。二十四日、方丈に上って喫粥し、退く。〈中略〉粥後、方丈従り命有り、「威儀を具えて、来られたし」と。余、即ち盥薫して衣を整えて、上る。即ち命じて侍者を室外に出だし、戸を闔づ。預め拝席一枚を展べ、罏を装う。即ち黒漆の筐を開き、法衣を出だし、「是れ乃ち吾が祖、昔著ける所の大衣なり。袱子、福井城主の祖母・長松院瑞嶺玄祥大姉の施す所の其の様、古風にして、今の世に無き所なり」と。法衣、象鼻の九条。其の地...面山瑞方禅師『傘松日記』に見られる道元禅師の御袈裟について

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  • 「四十八軽戒略頌」について
    2021/01/16 12:06
    「四十八軽戒略頌」について

    拙僧の手元に、『〈密宗必須〉三聚戒本』という冊子があって、内容は『梵網経』『瑜伽戒本』『根本説一切有部戒経』の3種の戒本を収録したもので、「密宗必須」とある通り、日本の真言宗で用いたものである。そこで、その中に、「四十八軽戒略頌」というのが収録されていた。今日はその「偈頌」を見ておきたい。四十八軽戒略頌前の三十戒は摂善法なり。末の十八戒は摂衆生なり。是を梵網後二戒と名づく。原典に随って訓読以上である。これは、『梵網経』の「四十八軽戒」について、前後に区分し、更にその意義付けを行ったものである。それで、この「略頌」であるが、典拠は新羅・義寂による『菩薩戒本疏』巻下之本に「又四十八中、前の三十戒、多く摂善と為す。後の十八戒、多く利生と為すなり」とあることに由来するようである。そこで、「四十八軽戒」を前三十、後十八に...「四十八軽戒略頌」について

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  • 坊主が高級車に乗るのは破戒なのか?
    2021/01/15 08:49
    坊主が高級車に乗るのは破戒なのか?

    世俗では、僧侶が乗るべき乗用車の金額を決めているらしい。「3ナンバー」がダメだとか、外車だとダメだとか、そして、乗っている乗用車の値段で、僧侶の素質まで決めているらしい。しかも、高級車を乗り回すような坊主は最悪だそうだ。一方で、安い車を乗り潰すような者は良いらしい・・・しかし、拙僧こういう話を聞くと、こうも考えてしまえるのではないか?と思う。高級車を乗る方⇒それだけ多くの方からお布施を頂く有能な僧侶なのでしょう。安い車を乗る方⇒まともな布教も出来ず信者もいない無能な僧侶なのでしょう。どうだろうか?如上の「評価」や「意味付け」も可能ではないか。こういう風にいうと、多くの人から多くの布施を頂くのなら、それをより自動車などに使わずに社会のために還元するのが「正しい宗教者」です、なんていう話まで聞こえてきそうだが、それ...坊主が高級車に乗るのは破戒なのか?

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    つらつら日暮らし

  • 面山瑞方禅師『傘松日記』に見える禅戒思想(3)
    2021/01/14 07:50
    面山瑞方禅師『傘松日記』に見える禅戒思想(3)

    本書に対する解題などは、徐々に記事を遡っていただければ良いと思うので、まずは【(2)】をご覧いただき、更にその記事から(1)にも行っていただければ良いと思う。そこで、とりあえず今回検討したい一節を紹介したい。因みに室中伝来の戒壇式一巻を拝見す。末に代代の主人、各各伝授の名署・朱印・華押有り。実に希有の法宝なり。又、広福大智禅師新(親か?)筆本を以て写すの本有り。又、別に古本一巻有り。之に因んで、余の従来護持する所の本を以て、禅師之を余と読挍・考正・朱削し全を得。歓喜余り有り。即時に焼香礼拝し、古法宝を拝するの恩に謝す。『傘松日記』、『続曹全』「法語」巻・451頁下段、訓読は拙僧まず、室中伝来の『戒壇式』という表現について、注意を要する。室中伝来というのはこの時、永平寺方丈の室中に伝来されたことを意味し、その中に...面山瑞方禅師『傘松日記』に見える禅戒思想(3)

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  • 『塗毒鼓』に見える「無相心地戒」について
    2021/01/13 09:15
    『塗毒鼓』に見える「無相心地戒」について

    拙僧の手元には、藤田玄路居士編『塗毒鼓(ずどっく)』(藤田家蔵版・大正5年初版、昭和8年第15版)があるのだが、この本は臨済宗諸派に於ける参禅学道の際に用いるもの、という説明を見たことがある。それで、本書には「無相心地戒」が入っていて、今回の記事はその一章に対する雑感である。まず、同文は、以下のような構成を含んでいる。不殺生戒自性霊妙於常住之法不生断滅之見これを見て、洞門の拙僧としては、万仭道坦禅師『仏祖正伝禅戒本義』中に見える『嵩嶽達磨大師戒文(または『達磨大師一心戒文』)』に該当することが分かる。この辺は、『塗毒鼓』所収の「無相心地戒」自体の伝来が分からないので、何ともいえないが、ウチの宗派でも切紙などで伝わっているものと共通。ただし、実際の位置付けは不明となる。そういえば、本書について以下のような見解を見...『塗毒鼓』に見える「無相心地戒」について

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  • 面山瑞方禅師が読まれた『伝光録』
    2021/01/12 06:42
    面山瑞方禅師が読まれた『伝光録』

    拙僧自身は、今回ようやく気付いたが、おそらく、関連する研究を行う研究者には知られていたのだろうと思う。それは、表題の通りで、江戸時代の学僧・面山瑞方禅師(1683~1769)が、瑩山紹瑾禅師(1264~1325)御提唱『伝光録』を読んでいたことが確認されたことである。まずは、以下の一節をご覧いただきたい。人ノ事ハ禮拜ノ事ナリ、其ノ母ノ夢ノ事ハ傳弘録に出ズ、面山禅師提唱『天童如浄禅師行録聞解』、『続曹全』「注解三」巻・191頁下段なお、『続曹全』の本文では、「弘」の脇に「(光カ)」と出ている。要するに、『伝光録』ではないか?と提起しているのである。そもそも、如浄禅師の史伝を収録する文献は多くなく、しかも『伝弘録』などという文献は管見の限り存在せず、その意味では「音」の関係で、『伝光録』と理解するのが最も合理的であ...面山瑞方禅師が読まれた『伝光録』

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  • 今日は成人の日(令和3年度版)
    2021/01/11 06:56
    今日は成人の日(令和3年度版)

    今日1月11日は「成人の日」である。まずは、成人になられた皆さんに、心からの祝意を申し上げる。今年は、昨年から続く新型コロナウィルス感染症の影響で、成人式を取り止める地域も多いと側聞する。たいがい、成人式はついでに同窓会にもなり易いのではあるが、今年は中々難しいことだろう。ところで、「成人の日」とは、「おとなになったことを自覚し,みずから生抜こうとする青年を祝い励ます」ことを趣旨としている。「自覚」に「みずから生き抜く」といった表現からは、確立された自己によって自ら生きることを目指させる日でもあるといえようか。また、「成人式」の起源などについては、【成人式の起源に関する雑考(成人の日・平成30年度版)】をご覧いただければ良いと思う。それで、拙僧自身も成人の初心に戻るべく、毎年この日は、「成人」に因む学びをしてい...今日は成人の日(令和3年度版)

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  • 「菩薩戒」に冠せられた「仏祖正伝」という言葉について
    2021/01/10 05:35
    「菩薩戒」に冠せられた「仏祖正伝」という言葉について

    以前も、【『仏祖正伝菩薩戒作法』の特徴について(仏教系3500本目の記事)】という記事を書いたことがあるのだが、拙僧的に良く分からないのは、ここでいう「仏祖正伝」という語句について、典拠が不明ということである。宗門の場合、「仏祖正伝」という語句は、道元禅師が「菩薩戒」に付けて表現されることが多かった。比丘戒をうけざる祖師かくのごとくあれども、この仏祖正伝菩薩戒うけざる祖師、いまだあらず、必ず受持するなり。『正法眼蔵』「受戒」巻このように、「仏祖正伝菩薩戒」という表現が見られ、また、天童如浄禅師から受けた作法は『仏祖正伝菩薩戒作法』とされ、これらに「仏祖正伝」と見える。更には、道元禅師が如浄禅師から受けた口訣とされる『宝慶記』には、以下の一節も見られる。薬山の高沙弥は、比丘の具足戒を受けざりしも、また、仏祖正伝の...「菩薩戒」に冠せられた「仏祖正伝」という言葉について

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    つらつら日暮らし

  • 1月9日 とんちの日(令和3年度版)
    2021/01/09 09:56
    1月9日 とんちの日(令和3年度版)

    今日1月9日は、語呂合わせ(1月9日⇒一・九⇒一休)から室町時代の禅僧・一休宗純禅師(1394~1481)に因み、「とんちの日」とされる。実際に、一休禅師は風狂の禅僧であり、勿論、頓知(とんち)も効いた人であったと思うのだが、現代にまでイメージされる頓知の問答に長けた人というのは、室町時代後期から作られ始め、江戸時代以降に人気となった『一休噺』などの説話集に依拠したもので、史実上の話と決められるものは少ない。ということで、今日見ていく話も史実ではないと思うが、一休禅師の「とんち」を楽しんでみたい。○一休石火問答の事白川の辺りにいと江師に才なる男有しが、千本まで来て、いや是よりむらさき野一休の庵に尋ね見参し、一問答せばやとをもひ来りしが、一休折ふし火打を取て火を打て居給ふに、かの者これさいはいと、いかに和尚、その...1月9日とんちの日(令和3年度版)

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    つらつら日暮らし

  • 三聚浄戒と四弘誓願の関係について
    2021/01/08 08:53
    三聚浄戒と四弘誓願の関係について

    とりあえず以下の一節をご覧いただきたい。菩薩四弘誓願文の、衆生無辺誓願度は摂衆生戒なり。煩悩無尽誓願断は摂律儀戒なり。法門無量誓願学は摂善法戒なり。上の三聚三誓を満足して、仏道無上誓願成なり。梅指禅師『授戒会式』、『続曹全』「禅戒」巻・393頁上段以前、【宗門十六条戒の淵源に関する一考察(2)】という記事で見たように、中国天台宗で成立した授戒作法中には、三聚浄戒・四弘誓願の両方ともが見られることは理解しているが、あくまでも授戒の作法中に別個に授けられるものであった。その点、上記は両者を組み合わせ、会通させているので、興味深いわけである。なお、どういう風に組み合わせているかというと、まず四弘誓願を挙げつつ、1句目は衆生についての教えであるから、三聚浄戒の「第三摂衆生戒」としている。人々を皆救うという考えである。続...三聚浄戒と四弘誓願の関係について

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    つらつら日暮らし

  • 人日の節句(令和3年度版)
    2021/01/07 08:33
    人日の節句(令和3年度版)

    今日1月7日は、「人日の節句」である。なお、この節句の名前の由来や世間で行われた経緯などは、【節句としての「人日」について】をご覧いただければと思う。そこで、今日は例年の通り、これまでの祖師方が詠まれた人日の偈頌を参究しておきたい。人日立春又た泉石に烟霞の涌くに逢い、可衆心を悦ばし老涯を慰む。雞旦雞行竹葉生じ、狗朝狗走梅花落ちる。猪遊び未だ著かず祖翁の鎧、羊壮将に牽くべし穉子の車。牛吼えて馬嘶く天靄靄、立春と人日と共に交加す。『鷹峯卍山和尚広録』巻40、『曹全』「語録二」巻・773頁上段、訓読は拙僧具体的な年数は不明ながら、この年は人日(旧暦1月7日)が立春だったらしい。そこで、江戸時代の学僧・卍山道白禅師は、このように詠まれている。庭にある泉石に、霞が涌いており、修行僧達の心を悦ばせ、老境に至った卍山禅師自身...人日の節句(令和3年度版)

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  • 「建長五年正月六日書于永平寺」について(令和3年度版)
    2021/01/06 10:11
    「建長五年正月六日書于永平寺」について(令和3年度版)

    今日1月6日は、道元禅師にとって、実質的な絶筆となった『正法眼蔵』「八大人覚」巻を学ぶこととしている(実際には、「三時業」巻関係で、ちょっとややこしい事情があるが、ここでは擱く)。理由は、同巻の奥書に「建長五年正月六日書于永平寺」とあって、建長5年(1253)の1月6日に、永平寺で書かれたことが分かるためである。もちろん、これは旧暦の日付だから、現代的には2月にはなってしまうのだが、やはり「1月6日」を尊んで、拙ブログでは毎年、この日に「八大人覚」巻を学ぶことにしているのである。ところで、この建長5年1月6日という日付に思うこととしては、道元禅師は前年の10月頃に発病され、11月頃には『永平広録』巻1~7に収録されている上堂も終了されており、その後は療養されていたと思われる。そこで、以前【道元禅師の隠居所の話】...「建長五年正月六日書于永平寺」について(令和3年度版)

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  • 解脱房貞慶『南都叡山戒勝劣事』と『正法眼蔵』「受戒」巻について
    2021/01/05 11:21
    解脱房貞慶『南都叡山戒勝劣事』と『正法眼蔵』「受戒」巻について

    解脱房貞慶(1155~1213)は、南都の戒律復興運動を行ったことで知られ、後に法相宗の大本山となった興福寺内に持戒実践の道場を作ったことでも知られている。その著作の1つとされるものに、『南都叡山戒勝劣事〈又云法相天台両宗戒勝劣事〉』がある。そこで、今回は『日本大蔵経』巻13「戒律宗章疏2」に収録されている同論から、気になったことを簡単に採り上げてみたい。夫れ戒の根源を尋ぬるに、凡そ菩薩の修する所の六波羅蜜に於いて、戒波羅蜜中に三種の不同有り。一つは、摂律儀戒。謂わく、正に応に遠離すべき所の法を遠離す。二つは、摂善法戒。謂わく、正に応に修証すべき所の法を修証す。三つは、饒益衆生戒。謂わく、正に応に一切の有情を利益す。其の中、第一摂律儀戒は、声聞・菩薩、大乗・小乗共に受くる戒なり。此の律儀戒を以て或は具足戒と名づ...解脱房貞慶『南都叡山戒勝劣事』と『正法眼蔵』「受戒」巻について

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  • 瑩山紹瑾禅師の戒体論について
    2021/01/04 06:18
    瑩山紹瑾禅師の戒体論について

    曹洞宗の太祖・瑩山紹瑾禅師(1264~1325)については、その自伝などを含む文書を集めた『洞谷記』が残り、近年ようやく研究も進みつつある。それで、その記録から最近の拙ブログでの関心事である「戒律」に関する議論が見られるので、採り上げてみたい。有る時、渓侍者に問うて曰く、「戒体、如何が会せん」。渓云く、「不識」。師曰く、「金剛正体は如何」。渓云く、「不壊なるが故に」。師曰く、「已に無相の戒徳を会す、善く須く護持すべし」。『洞谷記』このようにある。なお、この「渓侍者」という人であるが、生没年などは不詳ながら、同じ『洞谷記』からは、後に都寺などにもなり、瑩山禅師から伝戒された一人ともなった「祖渓(或いは素渓)」という人だったとされている。なお、伝戒の場面は以下のように示されている。正中二年〈乙丑〉七月廿八、渓都寺、...瑩山紹瑾禅師の戒体論について

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    つらつら日暮らし

  • 当山の鎮守神の話
    2021/01/03 08:27
    当山の鎮守神の話

    拙寺は、宮城県栗原市内に所在するのだが、以前から当山の鎮守神について気になっていた。いや、回向帳には普通に「白山妙理大権現」と書かれてはいるものの、山内に白山権現を祀る伽藍等は無いし、意味が分からなかったのである。それで、ちょっと調べてみた。繰り返しになるが、山内の伽藍としては観音堂が、本堂や庫裏とは別に設置されているが、その内部にあるのは観音像(清水寺からの御分霊という伝承がある子安観音)と、観音堂を建てる際の寄進者の位牌くらいである。本堂を見てみても、当山は本尊が観音菩薩なのだが、その左右後方(【後戸の護法神】参照)に達磨尊者や招宝七郎大権修利菩薩が安置されており、また、別格として不動明王の古像がある。しかし、これらは鎮守神ではない。今回調べたところ、拙寺には古い回向帳(『早朝大回向』文久2年[1862]8...当山の鎮守神の話

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  • 洞門寺院に於ける年始行持について
    2021/01/02 07:10
    洞門寺院に於ける年始行持について

    令和3年も2日目となる。今年は、新型コロナ禍の関係で、例年通りの過ごし方が出来ないため、外出が著しく減った関係で、季節感がほとんど無い。日付を見て年始を知るようなものである。ということで、せめてこういう記事でもって年始を知りたいものである。ところで、タイトルの通り、洞門寺院に於ける年始の行持について見ていくと、道元禅師の場合は『永平広録』に於いて、「新年の上堂」が行われていることは理解できるが、それ以上の行持は不明。一方で、曹洞宗で始めて体系化された「年中行事」を記録した瑩山紹瑾禅師の『瑩山清規』を見てみると、以下の通りである。・粥時必五味粥・歎仏如常・粥次点茶行礼・次恒例上堂・祝聖修正(三朝)以上である。この段階で、後の年分行持に見られる内容が調っていることが分かる。それで、改めて江戸時代の面山瑞方禅師『洞上...洞門寺院に於ける年始行持について

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  • 新年明けましておめでとうございます(令和3年度版)
    2021/01/01 07:03
    新年明けましておめでとうございます(令和3年度版)

    皆さま、新年明けましておめでとうございます。今年も、ブログ:つらつら日暮らしのことを、よろしくお願いいたします。令和3年辛丑の「新春」でございます。何故、「新春」と表現するかといえば、旧暦では、1~3月が春の季節でしたので、元旦は、同時に新たな「春」の幕開けでもあったのです。今は、立春の時期が2月頭にずれてしまいましたので、言葉だけが残った格好です。さて、旧年中は、拙ブログ「つらつら日暮らし」、及び、「つらつら日暮らしWiki〈曹洞宗関連用語集〉」をご愛顧いただきましてありがとうございました。拙ブログとしては、新型コロナ禍の中、毎日の職務も色々とありましたが、何とか1年間、平穏無事に運営できましたことは、ひとえに読者の皆様のおかげでございます。そして、御礼を申し上げながら恐縮ではございますが、本年もよろしくお願...新年明けましておめでとうございます(令和3年度版)

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  • 洞門寺院に於ける年末行持について
    2020/12/30 09:00
    洞門寺院に於ける年末行持について

    いよいよ令和2年も今日と明日で終わりとなる。今年は、新型コロナ禍の関係で、例年通りの過ごし方が出来ないため、外出が著しく減った関係で、季節感がほとんど無い。日付を見て年末を知るようなものである。ということで、せめてこの記事でもって年末を知りたいものである。ところで、道元禅師の『永平広録』を見てみると、「除夜の小参」が行われていることは理解できるが、それ以上の行持は不明。なお、除夜の鐘は伝統的な行持ではないので、古来の一切の記録に見出していない。ただし、「除夜昏鐘」という用語はいくつかの記録に見えるが、これは「除夜の日に行う昏鐘」ということで、日常的に行われている「夕方の鐘撞き」のことである。また、現在、「国立国会図書館デジタルコレクション」で、「除夜」及び「除夜の鐘」で検索してみると、大正年間より前は、「除夜の...洞門寺院に於ける年末行持について

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    つらつら日暮らし

  • 富永仲基の「大乗非仏説」とは何だったのか?(富永仲基『出定後語』を学ぶ47・終)
    2020/12/29 16:53
    富永仲基の「大乗非仏説」とは何だったのか?(富永仲基『出定後語』を学ぶ47・終)

    2013年5月から始めたこの連載であるが、7年以上の歳月をかけて、この記事で終了となる。月1回で、全47回とあるから、本来なら4年程度で終わるはずだったが、拙僧個人の勉強不足が原因で、参究には思った以上の時間を要した。記事が掲載できない月もかなり多かったので、結局7年以上かかったのである。それで、最終回に因み、拙僧自身が本来懐いていた動機、「富永仲基『出定後語』で、「大乗非仏説」はどう説かれたのか?」について、結論を導いておきたい。まず、結論からすれば、富永は明らかに大乗仏教の説は、後代に作られたものという説を論証し、ゴータマ=ブッダ自身の直説ではないが、各部派の教説同様に、大乗もまたその一家であり、総体として、「仏家」の説であることは肯定している。この辺は、例えば、同じ儒教といっても、孔子の説のみならず、孟子...富永仲基の「大乗非仏説」とは何だったのか?(富永仲基『出定後語』を学ぶ47・終)

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    つらつら日暮らし

  • 第十二条・不得輙入尼寺条(『僧尼令』を学ぶ・12)
    2020/12/28 09:43
    第十二条・不得輙入尼寺条(『僧尼令』を学ぶ・12)

    連載は11回目となる。『養老律令』に収録されている『僧尼令』の本文を見ているが、『僧尼令』は全27条あって、1条ごとに見ていくこととした。まずは、訓読文を挙げて、その後に拙僧なりの解説を付してみたい。なお、先日『令義解』の江戸期版本(塙保己一校訂本・寛政12年[1800]刊行、全10巻で『僧尼令』は巻2に所収)を入手したので、それも合わせて見ていきたい。凡そ僧は輙く尼寺に入ることを得ざれ。尼は輙く僧寺に入ることを得ざれ。其れ師主を観省、及び死病を看問ひ、斎戒、功徳、聴学すること有らば聴せ。『日本思想大系3』219頁を参照して、訓読は拙僧意味については、もはや説明を要しないかと思われる。つまり、男僧は尼僧の寺に入ってはならず、尼僧は男僧の寺に入ってはならないとしているのである。その基本的な戒めを示しつつも、例外事...第十二条・不得輙入尼寺条(『僧尼令』を学ぶ・12)

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    つらつら日暮らし

  • 戒定慧(其の五)(指月慧印禅師『荒田随筆』参究22)
    2020/12/27 08:20
    戒定慧(其の五)(指月慧印禅師『荒田随筆』参究22)

    江戸時代の洞門が輩出した学僧・指月慧印禅師の主著である『荒田随筆』を学ぶ連載記事であるが、今は「戒定慧」という一章を学んでいる。早速、本文を見ておきたい。其れ慧とは、謂わく、二智・三智・四智・五智及び無量智、是れ亦た徳義用相に因み、真俗等の名体分る。或は証の尽・未尽に随って、其の深浅有り。今、其の義を論ぜず。直に智の克する所に就て言わば、慧の極は般若なり。初め色心蘊処界に従い、以て三昧陀羅尼・慈悲・不共法及び無上覚に至り、尽く般若に帰す。是れ唯だ帰する所のみにあらず。又た能く諸法を生ず、故に仏母・賢聖母・一切法母と称す。其の能く一切の法をして実相以て境と為し、無為・無相・無起滅・無増減・不顛倒・不垢浄、乃至、無所住なり。観照以て智と為し了了として仏性を見る。諸法の差・無差を見て分辨して錯謬無し。文字、以て詮と為...戒定慧(其の五)(指月慧印禅師『荒田随筆』参究22)

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    つらつら日暮らし

  • マルティン・ルター『九十五箇条の提題』を学ぶ・17
    2020/12/26 15:19
    マルティン・ルター『九十五箇条の提題』を学ぶ・17

    ドイツ宗教改革の発端にもなったとされるマルティン・ルターの『九十五箇条の提題』の日本語訳を学んでいく連載記事である。連載17回目である。17煉獄に置かれた魂にとっては、この慄きが軽減されるのに応じて愛が増し加わるのは当然である。深井氏下掲同著・17~18頁「煉獄」について、今年は『鬼滅の刃』の炎柱の名字と同じこともあり、調べたり理解する人も増えたのではないかと思うが、死者の小罪のある霊魂や罪の償いを果たさなかった霊魂が、天国に入る前に現世で犯した罪に応じた罰を受け、清められる場所だとされる。生者はミサや祈り、信心業などで煉獄の魂の苦しみを和らげたり、短くすることが出来るという(『岩波キリスト教辞典』「煉獄」項参照)。要は、煉獄の火とは、浄罪の火なのであり、結果として煉獄に置かれた魂は、その戦きが軽減され、愛が増...マルティン・ルター『九十五箇条の提題』を学ぶ・17

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    つらつら日暮らし

  • クリスマス雑考(令和2年度版)
    2020/12/25 08:34
    クリスマス雑考(令和2年度版)

    この辺の記事は、例えば【新渡戸稲造先生の「クリスマス所感」】でも指摘しているので、興味がある方はご覧いただければ良いと思う。それで、世間で「クリスマス」をどう理解しているか知らないが、良く聞くところでは、「イエス=キリストの誕生日」ということが言われるけれども、実はこれは正確とは言い切れない。そこで、日本のカトリック教会で「クリスマス」をどう定義しているかを確認しておきたい。さてクリスマスはキリストの誕生、すなわち、神のひとり子キリストの誕生を思い起こす日として古代から祝われてきました。イエスがいつ生まれたか、聖書には何も書いてありません。12月25日がイエスの誕生の日とする最古の記録は、4世紀のローマの「殉教者帰天日表」です。しかし昔は、地方によって1月6日に祝っていました。ちなみにロシア正教会は、今でも1月...クリスマス雑考(令和2年度版)

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    つらつら日暮らし

  • 出家と在家に於ける応供の違いはあるのか?
    2020/12/24 09:03
    出家と在家に於ける応供の違いはあるのか?

    江戸時代の学僧である面山瑞方禅師(1683~1769)には、長蘆宗賾『禅苑清規』に収録される『亀鏡文』を註釈した『亀鏡文聞解』(『曹洞宗全書』「注解四」巻所収)が残されているが、それに興味深い一節が見られたので紹介しておきたい。僧の仏子と為り、応供殊無し、天上人間咸く恭敬するところなり。仏子とは梵網戒経に、即入諸仏位、真是諸仏子とありて、受菩薩戒より後は、在家出家共に仏子なり。けれども在家は応供の徳なし。出家は如来応供と少しもちがひなし。または十六尊者などヽ同輩にて、帰依僧と唱ときは、凡聖ともに一同なり。ゆへに天も人も一同に恭敬するあひてとなる。恭は心底にうやまふ、敬は身の低頭礼拝のことを云ふ、所はせらるヽこヽろよ。『亀鏡文聞解』、『曹全』「注解四」巻・620頁上段、カナをかなにするなど見易く改めるさて、今回注...出家と在家に於ける応供の違いはあるのか?

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    つらつら日暮らし

  • 眞子さまと小室圭氏のご結婚問題に関する伊吹文明元衆議院議長の発言:ノブレス・オブリージュ
    2020/12/23 08:54
    眞子さまと小室圭氏のご結婚問題に関する伊吹文明元衆議院議長の発言:ノブレス・オブリージュ

    伊吹文明元衆議院議長は、ポピュリズムに流されず、国民から不人気になるようなことも敢えて発言する保守政治家で、「体罰全否定しては教育はできない」と発言して(平成25年(2013年)2月9日付各報道)して物議をかもしたことがあります。★★★ ★★★その伊吹文明元衆議院議長が、眞子さまと小室圭氏のご結婚問題に関し発言していました(令和2年(2020年)12月3日付各報道)。その報道の一部を引用すると以下の通り...

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    「東京散歩」と「踏ん張り投資」

  • 「禅戒一如」の成立について
    2020/12/23 08:28
    「禅戒一如」の成立について

    実世界での論文も書いているので、その中でのメモ程度ではあるのだが、とりあえず記事にしておきたい。それで、現在の曹洞宗の「教義」には、「禅戒一如」という語句が入っている。ところが、この用語については、それほど古くないのである。なお、成立経緯などは既に、【禅戒一如―つらつら日暮らしWiki】を書いているので、そちらを見ていただければと思うのだが、概念の成立については書き切れていない。そこで、この記事で補おうと思うのである。まずは、現状の「教義―つらつら日暮らしWiki」について見ておきたい。第5条本宗は、修証義の四大綱領に則り、禅戒一如、修証不二の妙諦を実践することを教義の大網とする。『曹洞宗宗憲』以上の通り、「禅戒一如」という言葉が見える。それで、教義にこの語が入った経緯については、特に人権の問題から論じられた報...「禅戒一如」の成立について

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    つらつら日暮らし

  • 「不許葷酒入山門」石碑の意義について
    2020/12/22 09:57
    「不許葷酒入山門」石碑の意義について

    或る本を読んでいたところ、以下の一節が見られた。禅院・律院の山門や総門の前に建てる石碑に『不許葷酒入山門』(葷酒山門に入るを許さず)とあるのは一山全体を戒壇と見ることから起る。臨済宗連合各派布教団編『授戒』1988年この辺から、「戒壇」をどう扱うべきかを考えるべきなのだろう。この「不許葷酒入山門」については、「禁葷酒」など幾つかの表現があるが、要するに寺内に「葷(臭いの強い食べ物)」や、「酒」を入れてはいけないという話なのだが、果たしてこれが一山全体を「戒壇」と見なすことに繋がるという見解は妥当なのだろうか?それで、この石碑の典拠、どの辺なのだろうか?研究論文もあるとは思うが、とりあえず以下の一節を見ておきたい。一、本山及び諸山、凡そ黄檗の法属を称する者は、概ね葷酒の山門に入り仏の重戒を破るを許さず。「老人預嘱...「不許葷酒入山門」石碑の意義について

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    つらつら日暮らし

  • 冬至の説法について(令和2年度版)
    2020/12/21 08:37
    冬至の説法について(令和2年度版)

    今日、12月21日は冬至である。そこで、禅門では「夏至」の説法は見たことがないが(あるのかな?)、「冬至」の説法は数多く残されていることから、拙ブログでも毎年、この日にはその説法を紹介するなどしているのである。そこで、今日は以下の一節を学んでいきたい。冬至の上堂。浮虚境上、晷運移り推み、枯木岩前、龍吟忽ち起る。陽曲初て報じ、蟄類密に動く。然も是の如くなりと雖も、実際の理地一塵を受けず、建化門頭、模を作し様を作す。畢竟、如何が体取せん。良久して云く、死中に活を得る。「宝慶寺語録」25上堂、『(訂字)義雲和尚語録』巻上・8丁表、原典に随って訓読これは、大本山永平寺5世・義雲禅師(1253~1333)がまだ、宝慶寺の住持であった時に行われた上堂である。どの辺が「冬至」なのか?と思う人もいるかもしれないが、詳しく見てい...冬至の説法について(令和2年度版)

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    つらつら日暮らし

  • 隠之道顕禅師「諸戒子に示す」偈参究(3)
    2020/12/20 09:27
    隠之道顕禅師「諸戒子に示す」偈参究(3)

    とりあえず、【(2)】の続きである。江戸時代中期の学僧・隠之道顕禅師(1663~1729、卍山道白禅師の資)は、卍山禅師の道業を受け嗣いで、多くの授戒会で戒師を務めたことで知られるが、その語録が何故か『曹洞宗全書』に入っていないこともあり、その思想の研究は限定的である(拙僧が実世界で書いた論文などはある)。それで、縁があったので拙僧も色々と調べているのだが、その語録には「諸戒子に示す」という偈頌が4首収録されているので、一つ一つ見ておきたい。禅門無相金剛の戒、授受分明に古今を超ゆ。開遮持犯の迹を究んと欲すれば、宜く仏教に随て其の心を浄めよ。「諸戒子に示す〈四首の三〉」、『瑞光隠之和尚語録』巻11・42丁表、訓読は拙僧まず、「禅門無相金剛の戒」とは、六祖慧能禅師が戒弟に授けていた心地戒を示している。心地戒であるか...隠之道顕禅師「諸戒子に示す」偈参究(3)

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    つらつら日暮らし

  • 「知庫」って何だ?
    2020/12/19 09:13
    「知庫」って何だ?

    以前にアップした【「六頭首」の一考察】の中で、「六頭首」を考えているウチに、そういえば「知庫」という、知客・知蔵・知浴・知殿に並んでいかにも「頭首」みたいな名称の役職なのに、実際には「六頭首」に入っていないことが改めて気になった。それで、この記事では「知庫」という配役について調べてみるものである。それで、まずは漢訳律典を調べてみると、以下の記述を見出した。客比丘、遂に庫を開き、偸みて鉢を将ち去れば、知庫比丘、応に鉢を償うべし。『善見律毘婆沙』巻9、『大正蔵』巻24・738cこの『善見律毘婆沙』であるが、5世紀に学僧ブッダゴーサが現在のスリランカで撰述した律蔵註釈書の抄訳だとされる。つまりは、上座部系の律蔵に対する註釈である。他の律典に「知庫」が見られないのは、「律」本文には無くて、註釈書にあるからであろう。とい...「知庫」って何だ?

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    つらつら日暮らし

  • 大愚良寛上人の伝記から探る僧侶の資格について
    2020/12/18 09:51
    大愚良寛上人の伝記から探る僧侶の資格について

    曹洞宗宗務庁から刊行されている『曹洞宗近世僧伝集成』は非常に優れた資料集であるが、その中に、今回検討する大愚良寛上人(1758~1831)の伝記が6本収録されている。題名等は以下の通りである。①「良寛禅師伝」②「良寛禅師碑石並序」③「良寛道人略伝」、『良寛道人遺稿』④「良寛伝」、『近世偉人伝五篇』巻下⑤「良寛禅師木鉢記」⑥「大愚良寛上人碑」そこで、上記の伝記を横断的に見ながら、良寛上人の伝記上で、僧侶の資格などをどう考えているのかを見ておきたいと思う。なお、何故こういう問題意識を持っているかというと、良く知られているように、元々越後国(現在の新潟県)出身の良寛上人は、地元の曹洞宗寺院で出家した後、備中円通寺の大忍国仙禅師に参じて、印可証明を受けたという。しかし、その後、本山への瑞世拝登などを行った形跡がなく、そ...大愚良寛上人の伝記から探る僧侶の資格について

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    つらつら日暮らし

  • 永平義雲禅師の小仏事法語(1)
    2020/12/17 07:58
    永平義雲禅師の小仏事法語(1)

    永平義雲禅師(1253~1333)は大本山永平寺5世で、中興と位置付けられている。そこで、義雲禅師の語録には、小仏事の法語が数首収められているが、その内の2首が最近の拙ブログの内容に適したものである。よって、訓読をしながら、その内容を学んでみたい。有を離れ無を離れ戒を以て心地と為す、男に非ず女に非ず善を以て荘厳と為す。既に有無を離れ男女を越ゆ、其の間に生滅有りや也た無しや。生と大地と共に来たり、死と虚空と同じく去る。所以に道わく、生とも也た道わじ、死とも也た道わじ、甚と為てか恁麼なる。従来の生死相い干からず、而今什麼の処に向て去り、足下に雲生ず。「戒善大姉起龕」、『(訂字本)義雲和尚語録』28丁表~裏この「戒善大姉」という人については詳細不明(もしかしたら、最近の研究成果では判明しているかもしれないが)である。...永平義雲禅師の小仏事法語(1)

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    つらつら日暮らし

  • 日蓮宗の持戒観(試論)
    2020/12/16 09:39
    日蓮宗の持戒観(試論)

    敢えて日蓮聖人ではなくて、日蓮宗としたのは、拙僧自身まだまだ他宗派の参究が十分ではないということから、あくまでも現状を確認するための、一試論として記事にしようと思ったためである。よって、当然に内容は不十分であるから、この記事を読んだ日蓮宗の関係者の方は「おい、全然違うぞ」と仰るかもしれない。所詮は天魔の禅僧である拙僧、もちろん、それは折り込み済みであるから、それらのご意見は、是非にメールかコメント欄へのコメント投稿によって開陳いただければ幸いである。以前、何人かの日蓮宗関係者の方から聞いたのだが、日蓮宗はほとんど戒文の受持は行わないらしい。我々曹洞宗であれば、三帰・三聚浄戒・十重禁戒という十六条戒を持つし、天台宗であれば軽重五十八戒であろうし、声聞戒ならば二五〇戒(或いはその前後)を持つであろう。そのような状況...日蓮宗の持戒観(試論)

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    つらつら日暮らし

  • 『大智度論』に見える持戒の功徳について
    2020/12/15 06:54
    『大智度論』に見える持戒の功徳について

    以下の一文を見ておきたい。人、貧賤なりと雖も能く持戒すれば、富貴にして破戒なる者に勝る。『大智度論』巻13「尸羅波羅蜜義第二十一」それで、この一節は、以下の偈頌に対しての註釈である。貴にして無智なれば則ち衰と為る、智にして憍慢なれば亦た衰と為る。持戒の人にして毀戒すれば、今世後世一切衰なり。同上これは、或る意味拙僧自身の戒めとなっている偈頌でもある。これは、貴人がもし無智であれば衰えるという。更に、智人がもしその智慧に驕れば衰えるという。そして、持戒の人が戒を毀せば、今世も来世も一切全てが衰えるという。これは、もし縁があり、何らかの境涯などを得たとしても、それに驕ってはならず、一切の衆生に巡らすべきだと考えるべきだといえよう。さておき、拙僧的に不思議なのは、この偈頌への註釈として、なぜか、持戒・破戒という二分法...『大智度論』に見える持戒の功徳について

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    つらつら日暮らし

  • え?仏教教団集団自死ですか?
    2020/12/14 06:26
    え?仏教教団集団自死ですか?

    なんだか、良く分からないが、やっぱり指導者がいなくなったり、将来への展望が無くなったりすると、集団で死を選ぶなんてことがあるんだろうか?ということで、早速以下の一文を見ていただこう。如来、若し涅槃に入らんには、我等、云何が是の毒身と同共し止住して梵行を修せん。我等、亦、当に仏世尊に随って涅槃に入るべし。爾の時、仏、諸比丘に告げたまわく「汝等、応に是の如き語を作すべからず。我、今、所有の無上の正法、悉く以て摩訶迦葉に付嘱す。是の迦葉は、当に汝等の為に大依止と作るべし。猶お如来の諸衆生の為に依止の処と作るが如し。摩訶迦葉、亦復た是の如し〈以下略〉」と。『大般涅槃経』巻2・寿命品・・・摩訶迦葉、ありがたや~合掌。と、いきなり禅宗自画自賛的な状況になってしまったが、もしこれで、ブッダが適確な道筋を弟子達に示すことがなけ...え?仏教教団集団自死ですか?

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    つらつら日暮らし

  • ラーフラの師匠は誰だったのか?
    2020/12/13 07:45
    ラーフラの師匠は誰だったのか?

    ラーフラとは、ゴータマ=ブッダの実子とされる僧侶のことである。無論、ブッダがまだ在家であった時に生まれた子供で、自分の出家などに際して邪魔になることから、「邪魔者」を意味するラーフラ(羅睺羅)と名づけたという。それで、後には「釈尊十大弟子」などに数えられる(密行第一と称される)ことから、釈尊の弟子だと思ってしまうが、実際にはそうでも無かったらしい。例えば、後の文献ではあるが、原始仏教から部派仏教へと展開していく状況について記した文献には、このように書かれている。舍利弗、是れ羅睺羅の和上なり。羅睺羅、是れ可住子の和上なり。此の部、復た是れ可住子の弟子なり。舍利弗、仏の「九分毘曇」を釈して『法相毘曇』と名づく。羅睺羅、舍利弗の毘曇を弘む。可住子、羅睺羅の所説を弘む。此の部、復た可住子の所説を弘むるなり。吉蔵『三論玄...ラーフラの師匠は誰だったのか?

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    つらつら日暮らし

  • 『沙石集』に見る「長すぎる法名」の話
    2020/12/12 08:17
    『沙石集』に見る「長すぎる法名」の話

    様々なブログを見てみると、落語に於ける「寿限無」の話の原典のような位置付けをされていることもある説話が、『沙石集』に収録されているという。以下の記事などはどうか?・中世トリビア(その14)(京に癒やされ)しかし、長年の読者の方はよくご存じのことだと思うし、興味のある方は【検索:沙石集(つらつら日暮らし)】をご覧いただければ良いと思うのだが、拙ブログでもほぼ全巻にわたって『沙石集』を読み解いてきた。しかし、その話は採り上げなかった。その理由も分かったので、雑感も含めて記事にしておきたい。或女人、出家のため山寺へのぼりて髪をそりてけり。出家師、法名をつけまいらんといへば、法名は先より案じてつきて候なりといふ。いかにつかせ給て候や、といへば、仏といひ神といひ、我信じたのみまいらせて候が、なつかしくすてがたく候。ままに...『沙石集』に見る「長すぎる法名」の話

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  • 『華厳経』に見る持戒讃歎の偈
    2020/12/11 06:51
    『華厳経』に見る持戒讃歎の偈

    とりあえず、以下の一節を見ておきたい。戒は是れ無上菩提の本なり、応当に具足して浄戒を持すべし。若し能く具足して浄戒を持すれば、一切の如来の讃歎する所なり。『大方広仏華厳経(六十華厳)』巻6「賢首菩薩品第八之一」、『大正蔵』巻9・433bこれは、文殊菩薩が賢首菩薩について偈でもって讃歎した中の一部である。意味はもう解説するまでも無い。戒とは無上菩提を得るための原因であり、まずは戒を受けて具足し、清らかなる戒を持つことを説いているのである。そして、もし浄戒を持つのは、一切の如来が讃歎すると述べているのである。まぁ、ここまでは大した話では無い。それで、拙僧はこれを、手元にある南山道宣『教誡律儀』(江戸期の版本)の冒頭に、「律儀依拠の経論、一二を出だす」とあるのを受けて理解したものである。他にも、『大般涅槃経』『大智度...『華厳経』に見る持戒讃歎の偈

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  • 「不殺生戒」を巡る一問答
    2020/12/10 09:45
    「不殺生戒」を巡る一問答

    とりあえず、以下の一節を学んでいきたい。参遊の始め、律師覚彦の梵網経を講ずるを聴く。殺生戒に至り、南泉斬猫話を引いて、甚だ之を排斥す。師、憤然として律師を責めて曰く、南泉の恁麼の行令、且く道え、是れ殺と為すや、是れ不殺と為すや。律師、黙然たり。師、曰く、宗趣区別す。概論すべからず。徒に局解を逞しくすれば、亦た誤らざらんや。律師、点首して、其の言を然りとす。『加州大乘寺大機行休禅師伝』、『鷹峯聯芳系譜』巻中所収これは、加賀大乘寺34世・大機行休禅師(1666~1730、卍山道白禅師の法嗣)の伝記の一節であるが、ほぼ同じ内容が大機禅師の塔銘などにも記載されており、良く知られていることだったのだろう。経緯としては、元々上州吾妻郡沼田庄出身であった大機禅師は地元の洞門寺院で出家後、江戸に上り覚彦(または玄)律師に参じ、...「不殺生戒」を巡る一問答

    tenjin95

    つらつら日暮らし

  • 般若心経カレンダー2
    2020/12/10 00:46
    般若心経カレンダー2

    JPEG ファイルで新しく作ったので、ご自分で印刷出来る方どうぞお使いください。サイズは5:9の比率で作ってあります。本当はレッドバブルでもこちら系のお店をオープンしたいのですが、違うメールアドレスを使わないともう一つのお店はオープン出来ないそうなので、ちょっとどうしようか、他の会社を使ってオープンするか考え中です。。。🙄

    Katie

    悪霊退治 -Great Future-

  • 今日は断臂摂心(令和2年度版)
    2020/12/09 08:53
    今日は断臂摂心(令和2年度版)

    今日12月9日は断臂摂心である。断臂とは、中国禅宗二祖慧可大師が達磨尊者を嵩山少林寺に訪ねて、雪の中に立って法を求めたにも関わらず、入室を許されなかったため、自ら左臂を切断して達磨尊者に献げ、求道の真心を示した故事を指す(立雪断臂・腰雪断臂ともいう)。断臂摂心とは、この慧可大師の故事を慕い、そこまでして法を伝えて下さった恩に報いるために12月9日の夜に行われる徹夜坐禅を指し、翌朝に断臂会の上堂を行う。現代では、一部の僧堂で、断臂摂心が残っているが、断臂会は上堂そのものの衰退により、古来の形では実施されていない。なお、断臂摂心・断臂会を行うのは曹洞宗のみとの先行研究もある。道元禅師には、断臂会とは明記されていないものの、12月10日に断臂に関わる内容で上堂(『永平広録』巻5-392上堂)をしたことが知られ、また、...今日は断臂摂心(令和2年度版)

    tenjin95

    つらつら日暮らし

  • 般若心経カレンダー
    2020/12/09 00:58
    般若心経カレンダー

    どうぞご自由にお使いください。。。(商業目的でなく、個人的にのみです。)

    Katie

    悪霊退治 -Great Future-

  • 今日は釈尊成道会(令和2年度版)
    2020/12/08 06:37
    今日は釈尊成道会(令和2年度版)

    今日12月8日は釈尊成道会である。或る程度分かりやすい文章については、曹洞宗宗務庁『禅の友』令和2年12月号巻頭の次に、拙文を投稿させていただいたので、それをご覧いただきたい。それで、こちらはやはり、釈尊成道に因む祖師方の教示を参究することとしたい。同〈仏成道三首の二〉三祇を果滿して道始めて成ず、放光動地群生を度す。一声鶏唱の五更の月、枕上誰人か夢未だ醒めざらん。『大智禅師偈頌』上3首、承応3年版『大智禅師偈頌抄』上2丁表に従って訓読臘八摂心7日目に採り上げた祇陀大智禅師(1290~1366)の偈頌から、「仏成道」を参究してみたい。なお、既に1首目は【平成28年度・釈尊成道会】で採り上げている。まず、偈頌の意味であるが、釈尊の成道までには、前生として三阿僧祇劫を費やしたとされ、その果が満じて仏道が成じた。釈尊成...今日は釈尊成道会(令和2年度版)

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  • 瞎道本光禅師註『大智禅師偈頌』「覧正法眼蔵坐禅箴」参究(7・令和2年度臘八摂心)
    2020/12/07 07:22
    瞎道本光禅師註『大智禅師偈頌』「覧正法眼蔵坐禅箴」参究(7・令和2年度臘八摂心)

    今年度の臘八摂心も、まずは今日が実質的な最終日である。無論、今晩は本来、徹夜坐禅の日ではあるから、今日か?明日か?という区分は余り意味が無い。ただ、一応の区切りとしておきたい。そこで今日は、瞎道本光禅師註『大智禅師偈頌』「覧正法眼蔵坐禅箴」を参究しておきたい。これは、『正法眼蔵却退一字参』の『坐禅箴参』の巻尾に附録として収録されているものである。中世曹洞宗を代表する一人の祇陀大智禅師(1290~1366)には『大智禅師偈頌』が残され、五山版が刊行されるなど中世から参究されたというが、やはり近世洞門内に於ける参究は見るべきものがある。その中で、瞎道本光禅師は『大智禅師偈頌参註』や『大智偈頌関東弁矣』といった註釈を残され、後者については拙僧も実世界で少しだけ研究したことがあるが、宗乗眼を高く着けたところからの優れた...瞎道本光禅師註『大智禅師偈頌』「覧正法眼蔵坐禅箴」参究(7・令和2年度臘八摂心)

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