道元禅師の「普勧坐禅儀」について学ぶ⑧「今、ここ、この命。」落ち込んだ時こそありがたい。
本記事では道元禅師がしるされた『普勧坐禅儀』について学んでいきたいと思います。 前回の道元禅師の「普勧坐禅儀」について学ぶ⑦自分からは一切逃れられない。雪峰義存と玄沙師備の話。では、 『普勧坐禅儀』本文の、 「大都(おおよそ)当処(とうじょ)を離れず、豈に修行の脚頭(きゃくとう)を用ふる者ならんや。」 という部分に触れて、 前回のポイント 親指を石ころにぶつければ「痛い。」これが全てである。外に求める必要は何もない今ここにある「自己」こそ真の仏法どんなに遠くに移動しようと、自分からは一切逃れる事は出来ない。つまり「仏」から逃れる事ができない。世界は「仏」。全ては仏。 以上の4ポイントをお伝えし