「悉多太子の妻子の数」についての議論(拝啓 平田篤胤先生13)
前回の記事は、「悉多太子の妻子の数」と題して、いわゆる釈尊がまだ在家の太子だった頃の婚姻関係について、篤胤の見解を探ってみた。なお、篤胤がこれを採り上げた理由として、一部の仏教者が、釈尊が性行為をしていない、という風という話をしたいと指摘しているようである。そして、結果として、実際の釈尊には実子がいたことを示し、要は、性行為をしていないという点での宗教性(純粋性?)を主張することを批判した。更に、この辺は、富永仲基『出定後語』の影響もあると思うのだが、仏典について後代の改変が認められると主張したかったようである。具体的には、以下の一節からご覧いただきたい。一体諸の仏経を、みな釈迦の説た事を記したものじやと思つて、世人はおるけれども、尽く後の出家ども、釈迦に託して偽り作つたものにちがひなく、其わけは具にこの次の処...「悉多太子の妻子の数」についての議論(拝啓平田篤胤先生13)