三乗(其の六)(指月慧印禅師『荒田随筆』参究17)
江戸時代の曹洞宗の学僧である指月慧印禅師が著した『荒田随筆』を学んでいく連載記事である。徐々に各論に入っているけれども、今回は「三乗」と題される一章の6回目となるが、今回でこの章は終了する。若何ぞ、中に於いて是非の立つこと有らん。是の故、大、小を出し、小、大を収む。皆権皆実にして、倶体倶用なり。時に乃ち之を説て、応に随って道に合ふべし。而して群機之を稟て解に随って則を秉る。象の四体を摸すが如きは、象体ならざるには非ず。唯だ夫れ全て弗し。若し其の遇う所に執して言を承て、語に滞る者は、全理を喪し、化意に迷ふ。蓋し教は善、機に契とも、而して大に機に庭逕す。若し実に全理の偏無く、化意の巧妙なることを知ば、希は頗偏を免れんことを。而して自得するの時、山窮り海枯て有語・無語を以て而も戻契することを用いず。己を総て不能語に入...三乗(其の六)(指月慧印禅師『荒田随筆』参究17)