大乘寺式授戒会作法に於ける「七衆一羯磨」の根拠について
江戸時代に加賀大乘寺26世の月舟宗胡禅師(1618~1696)が再興した禅戒会について、その実態としては『仏祖正伝菩薩戒作法』を用いた登壇受戒と『血脈』授与が大きかったと、法嗣で同寺27世の卍山道白禅師(1636~1715)以下、その法系に連なる方々が評した。なお、月舟禅師ご自身の授戒会作法の詳細は知られないが、大乘寺で参学したとされる指月慧印禅師に『開戒会焼香侍者指揮』(『続曹全』「清規」巻所収)が残り、作法の大部分が知られるようになった。仮にその作法を「大乘寺式授戒会作法」と呼んでおく。なお、同作法は少しずつの改変をしつつ、現代まで宗門授戒会の基本となっている。ところで、同作法には批判も存在し、例えば、面山瑞方禅師などは、『若州永福和尚説戒』坤巻「加行の因縁」項(『曹全』「禅戒」巻所収)で四衆一等の授戒作法...大乘寺式授戒会作法に於ける「七衆一羯磨」の根拠について