『四分律』冒頭の偈頌に見える「十句偈」について
『四分律』という仏教の戒律を示した文献で、冒頭には偈頌が収録されているが、この偈頌は本来の『四分律』本文ではない。それは、以下の一節でも知られるところである。此の偈は是れ迦葉千衆の集律に非ず、時人の造る所なり。乃ち是の後の五部の分張、各おの伝える所に拠る。即ち是の一衆の首に居く者、将に衆の為に律相を弁釈すると欲するが故に、先ず偈讃じて然る後に之を説く。以上の通りで、『四分律』冒頭の偈頌は、摩訶迦葉尊者による仏典結集時に編入されたものではなく、後に『四分律』を用いている法蔵部の誰かが、大衆のために律の内容を「弁釈」するために詠まれたものだと評している。さて、その偈頌の中に、「十句偈」という一節が見えるので、それを読んでおきたい。今十句義を説く、諸仏の戒法は、僧をして喜び永く安からしむ、僧を摂取するが故に。信ぜざる...『四分律』冒頭の偈頌に見える「十句偈」について