令和3年度 盂蘭盆会の記事(8・道元禅師の自恣観)
「自恣」について、少し考えてみたい。何故ならば、【以前の記事】の記事でも申し上げた通りで、本来の盂蘭盆会は安居に於ける自恣を終えた僧衆に対する供養をもって、先祖の供養を行う儀礼だからである。そして、自恣は安居の解制に伴って行われることを考えると、安居の修行を熱心に弟子たちと行われていた道元禅師に、関連する言及がないはずがない、と思っている。ただし、道元禅師は明らかに菩薩戒を重視されるので、菩薩戒に於ける自恣の意味も含めて、慎重に捉える必要はある。なお、以下の上堂は、【今日は7月15日旧暦なら解夏の日】でも引用しているので、解釈自体はその記事をご覧いただきたい。解夏の上堂に云く、正令提綱す、飲水の鵞、能く淳味を取り、一線の道を通じ、華を採る蜂、余香を損せず。布袋、自恣開口す、十方世界も也た、一時に自恣開口す。蒲団...令和3年度盂蘭盆会の記事(8・道元禅師の自恣観)