仏様を拝むとは、仏様を縁として、仏の智慧に入っていく、仏道そのものであり、真理と一つになる事。
何度失敗し、躓(つまづ)こうとも、心の在り方次第で、人は、何度でも、立ち上がり、挑戦できる。
ピンチはチャンス、大ショックこそ、大ラッキー。大きな苦難の先にこそ、大きな悟りの大光明がある。
夏休み北陸一人旅 永平寺編
ありのままに、あるがままに、ただ笑顔で、幸せに生きてさえいれば、誰しも、100点満点の花が咲く。
教義と矛盾する法要【曹洞宗(禅宗)】
坐禅はする程に、続ける程に、自分自身の命、縁により繋がっているあらゆる存在の尊さ、恩恵が、色濃く感じられていく。
全ての存在に慈しみの心を持ち、愛せる人は、全ての存在から慈しみの心を持たれ、愛される人。
ありとあらゆる生きとし生けるものの幸せを願う事、それは、自分自身の幸せを願う事。
福井旅行の巻⑩
為せば成る、為さねば成らぬ、何事も、成らぬは、己が為さぬなりけり。
一人の人が、ほんの一時でも坐禅をする無限の功徳は、全宇宙の諸仏が共に力を合わせても、推し量る事はできない。
自分に与えられた仕事は、今、できる時に、精一杯の力で取り組む。それが禅の教えであり、仏の生き方。
修行中の初体験、、、、、法話だからね!
【放てば手にみてり】執着からの解放!新たな視点で見る景色
私が曹洞宗の坐禅を根本とした仏道修行を始めてから、お寺での生活を通して気が付いた事、学んだ事、坐禅を通して見い出した事、また、本を読んだり、インターネットを見たり、話を聞く等して知り得た事等を、私なりの解釈でご紹介して参ります。
自己と宇宙の真相を道元禅師が自覚され『正法眼蔵』として著され、高弟が最古の注釈書『聞書抄』を遺されました。その全75巻にチャレンジします。ご叱正等いただければ大変ありがたく存じます。
心の癒しやオアシスになれば幸いです。メンタルヘルス関連記事、禅、真宗、森田療法、クリシュナムルティ等、旅(自転車日本一周),音楽,ギター,作詞作曲,映画等も徐々に投稿して行きます。
目に見えない徳分、善行を大切に、全てが必然の、今という瞬間を大切に生きていく事、それが真理への道。
昔々、ある所に。とても広大で、大きく立派な、大邸宅に住む、一人の大富豪の男がいました。その男は、三人の子供がいる父親でした。三人の子供は、兄弟でしたが、性格も、好きなものも、それぞれ違っていました。長男は、力強く、たくましいものが、大好きでした。次男は、身軽で、速いものが、大好きでした。そして三男は、可愛らしく、優雅なものが大好きでした。父親は、そんな三人の性格をよく知っていました。ある日の事です...
洞山良价禅師と雲厳曇晟禅師の問答について道元禅師の注釈は続きます。自然の説法は自然が聞く事が出来るという基本的な原則に立つならば、人間である自分が和尚の説法を聞くと言う事だけではなくて、和尚が行っている自然の説法を自然である自分が聞いていると言う事にもなるのである。この時の洞山禅師の状況は、雲厳禅師が行っている自然の説法の席に連なっているだけではなしに、洞山禅師ご自身が自然のために説法するという心...
ガキの頃、チャンバラごっこで、私はこのセリフを何度も言ったに違いない『問答無用!』 当時(1950年代)でも、『問答無用』という言葉は、時代劇以外では使っていなかったはず。 【問答無用とは、議論する余地がなく、相手の言い分や言い訳を一切受け付けないという意味の言葉】(Google AIより) ・・・ということで、時代劇では夜道を帰宅する侍を襲撃する際などに、悪党どもが吐く決めセリフであったような・・・。 子供の頃、『問答無用!』と振り上げた刀が、今度は自分の思い込みを切る図 なんでまぁ今回『問答無用』なのか?というと、 数日前から読み始めた安藤昭子著『問いの編集力』を読んでいるうちに、彼女が言…
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