正3-2-1『仏性』第二段その1〔仏性の義を知ろうと思うなら、今現に仏性が現前する時節の因縁を心に観ぜよ〕
正3-2-1②『仏性』第二段その1②〔ただ仏性を知ろうと思うだけではない〕
正3-1-11『第三仏性』第一段その11〔人は妄想分別を覚知と思っているが、そうではない〕
S4-7-2〔古仏心とは、垣根・壁・瓦・小石だ〕『正法眼蔵第四身心学道』第七段その2(原文/私訳)
S4-7-2『正法眼蔵第四身心学道』第七段その2〔古仏心とは、垣根・壁・瓦・小石だ〕 (御抄私訳)(『正法眼蔵』独自解釈)
S3-4-3(『正法眼蔵第三仏性』第四段その3〔是も不是も仏性である〕 (御抄私訳)
S3-4-3〔是も不是も仏性である〕(『正法眼蔵第三仏性』第四段その3(本文/私訳)
S4-7-4〔何も知らなくても、発心すれば菩提の道に進むのである〕『正法眼蔵第四身心学道』第七段その4(原文/私訳)
3-4-1〔汝という誰もが仏性である〕(『正法眼蔵第三仏性』第四段その1(本文/私訳)
S4-7-1『正法眼蔵第四身心学道』第七段その1〔万物一つ一つがみな実相だから赤心片々である〕(御抄私訳)
S4-7-1〔万物一つ一つがみな実相だから赤心片々である〕『正法眼蔵第四身心学道』第七段その1(原文/私訳)
S3-3-2〔日常の様々な生活のいとなみはみな神通不可思議な仏智恵のはたらきであり、仏性の現成だ。〕『正法眼蔵第三仏性』第三段その2(本文/私訳)
S4-7 -3〔一切は無差別平等であり変化しながらも変わることがない一心が一切のものであり一切のものが一心の心だ〕(『正法眼蔵第四身心学道』第七段その3(原文/私訳)
S4-6-3 (『正法眼蔵第四身心学道』第六段その3〔六道そのものがそのまま発菩提心だ〕(御抄私訳)
S4-6-3〔六道そのものがそのまま発菩提心だ〕 (『正法眼蔵第四身心学道』第六段その3(原文・私訳)
正3-2-1『仏性』第二段その1〔仏性の義を知ろうと思うなら、今現に仏性が現前する時節の因縁を心に観ぜよ〕
正3-2-1②『仏性』第二段その1②〔ただ仏性を知ろうと思うだけではない〕
正3-2-1③『仏性』第二段その1③〔あの説くこと、行じること、証明すること、忘れることなども、そっくりそのまま仏性が現前する時節の因縁である〕
正3-1-14『第三仏性』第一段その14〔草木花葉実種はそれぞれみな仏性である〕
正3-1-12『第三仏性』第一段その12〔覚知は神経細胞の動きではない〕
正3-1-13『第三仏性』第一段その13〔仏性は必ずあるぞ、天地のありとあらゆるものはみな仏性であるから〕
S4-7-2〔古仏心とは、垣根・壁・瓦・小石だ〕『正法眼蔵第四身心学道』第七段その2(原文/私訳)
S4-7-2『正法眼蔵第四身心学道』第七段その2〔古仏心とは、垣根・壁・瓦・小石だ〕 (御抄私訳)(『正法眼蔵』独自解釈)
S3-4-3(『正法眼蔵第三仏性』第四段その3〔是も不是も仏性である〕 (御抄私訳)
S3-4-3〔是も不是も仏性である〕(『正法眼蔵第三仏性』第四段その3(本文/私訳)
S4-7-4〔何も知らなくても、発心すれば菩提の道に進むのである〕『正法眼蔵第四身心学道』第七段その4(原文/私訳)
3-4-1〔汝という誰もが仏性である〕(『正法眼蔵第三仏性』第四段その1(本文/私訳)
S4-7-1『正法眼蔵第四身心学道』第七段その1〔万物一つ一つがみな実相だから赤心片々である〕(御抄私訳)
S4-7-1〔万物一つ一つがみな実相だから赤心片々である〕『正法眼蔵第四身心学道』第七段その1(原文/私訳)
S3-3-2〔日常の様々な生活のいとなみはみな神通不可思議な仏智恵のはたらきであり、仏性の現成だ。〕『正法眼蔵第三仏性』第三段その2(本文/私訳)
私が曹洞宗の坐禅を根本とした仏道修行を始めてから、お寺での生活を通して気が付いた事、学んだ事、坐禅を通して見い出した事、また、本を読んだり、インターネットを見たり、話を聞く等して知り得た事等を、私なりの解釈でご紹介して参ります。
自己と宇宙の真相を道元禅師が自覚され『正法眼蔵』として著され、高弟が最古の注釈書『聞書抄』を遺されました。その全75巻にチャレンジします。ご叱正等いただければ大変ありがたく存じます。
自らの心身を整え、精進し、真心をもって、自然体で生きる事こそが、最も尊く、美しい生き方。
松無古今色、竹有上下節、梅自発清香 松(まつ)に古今(ここん)の色(いろ)無(な)し 竹(たけ)に上下(じょうげ)の節(ふし)あり 梅(うめ)は自(おの)ずから発(ひら)いて清香(せいこう)あり (五燈会元、ごとうえげん 大川普済、だいせんふさい) 松には、一年の四季を通しても、青々とした葉を保ち続け、昔も今も、時代が移り変わっても、決して色褪(あ)せる事なく、変わらない風情があります。 竹には、...
道元禅師の「説心説性」に関する注釈は続きます。本質と言ってみても、本質というものが抽象的にこの世の中に存在するのではなくて、本質と言うものは、説くと言う動きや発揮すると言う動きと共にあるのである。物事を説く場合にも、それが常に本質と言うものに触れていると言う事が実態である。精神(心)というものを取り上げてみても、それを物事が説く、発揮するという動的な動きと関係していない場合は決してない。仏性(仏とし...
道元禅師の「説心説性」に関する注釈は続きます。本質が架空に不動の形であるのではなくて、それが常に動きとして何らかのものを発揮している事を信じて受け取る事が、正に正統な後継者として真実を得た人々の姿に他ならないのである。心と本質とを別々に分けて、心は様々な状態で動揺しているけれども、本質は停止していて静かなものであり心と本質は別々のものであると主張するならば、その様な考え方は外道(釈尊が説かれた教え...
自らの心身を整え、精進し、真心をもって、自然体で生きる事こそが、最も尊く、美しい生き方。
松無古今色、竹有上下節、梅自発清香 松(まつ)に古今(ここん)の色(いろ)無(な)し 竹(たけ)に上下(じょうげ)の節(ふし)あり 梅(うめ)は自(おの)ずから発(ひら)いて清香(せいこう)あり (五燈会元、ごとうえげん 大川普済、だいせんふさい) 松には、一年の四季を通しても、青々とした葉を保ち続け、昔も今も、時代が移り変わっても、決して色褪(あ)せる事なく、変わらない風情があります。 竹には、...
私が曹洞宗の坐禅を根本とした仏道修行を始めてから、お寺での生活を通して気が付いた事、学んだ事、坐禅を通して見い出した事、また、本を読んだり、インターネットを見たり、話を聞く等して知り得た事等を、私なりの解釈でご紹介して参ります。
心の癒しやオアシスになれば幸いです。 メンタルヘルス関連記事、禅、真宗、森田療法、クリシュナムルティ等、 旅(自転車日本一周),音楽,ギター,作詞作曲,映画等も徐々に投稿して行きます。
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