彼岸到と到彼岸(令和3年度版春彼岸)
今日で令和3年度の春の彼岸会も終わるのだが、今日という日に因んで、以下の一節を学んでおきたい。波羅蜜といふは、彼岸到なり。彼岸は去来の相貌蹤跡にあらざれども、到は現成するなり、到は公案なり。修行の、彼岸へいたるべしとおもふことなかれ。これ彼岸に修行あるがゆえに、修行すれば彼岸到なり。この修行、かならず遍界現成の力量を具足するがゆえに。『正法眼蔵』「仏教」巻これは、道元禅師が「三乗」について提唱された箇所で、ご覧の通り「菩薩乗」に於ける「波羅蜜」を示されたものなのだが、この「波羅蜜」というのは既に説明している通り、「パーラミター」の音訳で、意味からすれば「到彼岸」と説明してきた。然るに、道元禅師は「彼岸到」とされ、「到」の位置が逆転しているのである。もちろん、「彼岸に到る」という漢語からすれば、「到彼岸」の方が一...彼岸到と到彼岸(令和3年度版春彼岸)