聖書に基づくイエス様の救いの証をお語り下さい。短くても結構です。
4月4日 日本語の妙。”勢”と”界隈”。コトバと言葉と”はじめに言葉あり”。
4月2日 カントが大切にしていたもの。「私のうちなる道徳的法則」。
3月30日 日々の生活費の運用(東京一人暮らし)。小麦粉とアルコールのダブル中毒の魔の手を感じすぎた件。
3月29日 カントの空。
3月28日 存在と今。
3月27日 里村明衣子と荒井優希。
3月26日 ギャラリー オル・テールさんへ設営に。
3月25日 大乗神秘主義とマイスター・エックハルト。
3月24日 達人の境地。
3月23日 1日のリズム。作家の執筆術。
昨日より銀座京橋のギャラリーオル・テールさんにてグループ展"いにしえの夢"開始致しました!
3月21日 日記を書くことは、意識と実景の二重進行である、ということを教わる。
3月20日 有限と無限。
3月19日 アーカイブ、とはなにか。
3月18日 無事退院した。
連載は28回目となるが、これが最終回である。この連載では、『養老律令』に収録されている『僧尼令』の本文を見てきたが、『僧尼令』は全27条あって、1条ごとに見てみた。なお、連載途中で『令義解』の江戸期版本(塙保己一校訂本・寛政12年[1800]刊行、全10巻で『僧尼令』は巻2に所収)が入手出来たため、それも参照した。さて、全27条を見てみて感じたことは、部分的には仏教の戒律(比丘戒)を想定している場合もあるが、当時の朝廷が必要とした規則なども併存していた場合もあった。そこで、その辺を総体的(雑考的かも)に考え、この連載を終えておきたい。この記事の前提としては、当令の全体が日本で独自に作られたわけではなく、ほとんどは、中国唐代の『道僧格』という、道教・仏教への統制の条文を下敷きに、編まれていることである。無論、日本...連載を終えて(『僧尼令』を学ぶ・28)
今日、4月29日は「昭和の日」である。命名の由来は、元々昭和天皇の天皇誕生日だったのだが、昭和天皇が崩御されて、年号が平成となってから、しばらくの間、「みどりの日」として定着した。これは、ちょうど5月の連休(ゴールデンウィーク)の入りとして日付が適切だったからだろう。しかし、2007年から「昭和の日」として改称され、ご存じの通り、「みどりの日」は5月4日に移動したのである(それまでは、何となく憲法記念日とこどもの日に挟まれた普通の休日であった)。ところで、今回、改めて「昭和の日」について考えようと思い、「昭和元年」に刊行された仏教関係の文献を探ろうと思って調べたのだが、思った以上に出てこない。「大正15年」刊行の文献は一定量あるが、「昭和元年」は無い。そして、それはそのはずで、大正天皇の崩御は年末の12月25日...「昭和の日」に昭和初期の日本仏教を考えてみた
前回の記事は、「悉多太子の出家について」と題して、篤胤自身が釈尊の出家の年齢などを、どのように考えていたかを確認した。今回は、釈尊の修行についてどう語られていたかを概観してみたい。悉多太子はまず、「跋伽仙人」が修行しているところに行き、以下のような問答が行われたという。こゝに悉多がその跋伽仙人に、そこらは今かくのごとき苦行をするが、これは何等の果報を求めんとするのじやと問ふた処が、仙人答て、此苦行を修するは天に生ぜん事を欲するのじやといふ。そこで悉多がまたいふには、天は楽しいけれども、福尽るとき窮て六道に輪廻して終に苦聚となる。いかにぞ諸の苦因を修して求苦報ぞと難じて、かように議論しつゝ日暮にも及び、其夜は一宿して明旦まで思惟したる処が、此の仙人ども苦行を修すといへども、みな解脱真生の道にあらず。こゝに留るべき...悉多太子の修行について1(拝啓平田篤胤先生15)
9回目となる連載記事だが、義浄(635~713)による『南海寄帰伝』19番目の項目に「受戒軌則」があり、最近の拙ブログの傾向から、この辺は一度学んでみたいと思っていた。なお、典拠は当方の手元にある江戸時代の版本(皇都書林文昌堂蔵版・永田調兵衛、全4巻・全2冊)を基本に、更に『大正蔵』巻54所収本を参照し、訓読しながら検討してみたい。今回は、「不空の心」という字句について見ておきたい。既に受戒し已て䞋施を行かず、若しくは其の師、為に少多を弁ること有り、或は腰絛を持し、或は濾水羅等、臨壇に奉は、不空の心を表するを以てなり。『南海寄帰伝』巻3・4丁表、原漢文、段落等は当方で付す短いが、連載記事なので、今回はこれだけを見ておきたい。しかし、意味が取りにくい文章である。もちろん、原因は当方の勉強不足に由来するから、反省ば...「不空の心」について(義浄『南海寄帰伝』巻3「十九受戒軌則」の参究・9)
「異学」という用語が気になった。時に迦葉、仏に白して言く、云何が瞿曇、我、此の法中に於いて出家して具戒を受くることを得るや不や。仏、迦葉に告げ、若し異学有りて、我が法中に来入して出家修道することを欲する者は、当に四月を留めて観察して称りて衆意とすべし。然る後に、当に出家受戒することを得る。迦葉、是の法有ると雖も、亦た其の人を観るのみ。迦葉言わく、若し異学有りて仏法中に来入して梵行を修せんと欲する者は、当に四月を留めて観察し称りて衆意とすべし。然る後に、当に出家受戒を得べし。我れ今、能く仏法中に於いて、四歳観察して、称りて衆意とすべし。然る後に乃ち出家受戒す。仏、迦葉に告げ、我れ已に言有り、但だ其の人を観るのみ。爾の時、迦葉、即ち仏法中に於いて、出家し具足戒を受く。時に迦葉、受戒して未だ久しからざるも、浄信心を以...『長阿含経』に於ける他宗教と仏教僧団について
これは、【(1)】の続きである。早速に、『比丘受戒録』を見ていきたいと思う。然るに仏、初めて出世してより、辺地に正法を聞くこと尠し。出家の五衆も亦た希なり。時に迦旃延尊者、西天竺阿槃提国に居す。彼に長者の子有り、億耳と名づく。出家し、尊者に為に具戒を受けんことを求む。而るに彼の国、十人の僧無し。受具することを得ず。彼、馳せて往き仏に白す。仏、辺地の持律の五人の僧もて、羯磨し受具を作すことを得ることを聴す。五人の中、一人の持律、善く羯磨を解す。即ち以て羯磨師に須い、第五人と為す。其の教授師、軌範に閑かなることを要す。余の証戒僧、必ず須らく清浄なるべし。方に証明と為ることを許すなり。所謂、中辺とは、中、即ち中天竺なり。東南西北四天竺の中に居すなり。辺地とは、中天竺の東に去きて東際に至り、白木調国有りて、国外、是れ辺...中国での律宗の興亡に関する文章(2)
ちょっと面白い経典があったので、見ていきたいと思う。一応、『大正蔵』だと「阿含部」に入っているが、とても短い経典だ。是の如く聞けり、一時、仏、舎衛国祇樹給孤独園に在り。仏、阿那邠邸長者の為に説けり、「過去久遠、梵志有り、毘羅摩と名づく。饒財多宝なり。若しくは布施する時、八万四千の金鉢を用いて盛りて砕銀を満たし、八万四千の銀鉢もて盛りて砕金を満たし、復た八万四千の金銀を以て澡罐し、復た八万四千の牛を以て皆な金銀を以て角を覆い、復た八万四千の玉女を以て荘厳具足し、復た八万四千の臥具を以て衆綵自ら覆い、復た八万四千の衣裳を以てし、復た八万四千の象馬を以て皆な金銀を以て鞍勒とし、復た八万四千の房舍を以て布施し、復た四城門中に於いて布施す、其の欲する所に随って皆た悉く之を与う。復た一房舎を以て招提僧に施す。上の如くの施福...『三帰五戒慈心厭離功徳経』について
中国清代の成立なので、決して古くは無いが、かえって、過去のことを手堅くまとめているように思われる『比丘受戒録』の冒頭部分は、インドでの受戒作法の成立などを論じ、また中国での戒律・戒壇・受戒作法の展開について書かれている。よって、その文章を紹介しつつ、中国仏教での律宗のあり方を見ておきたい。恭しく惟れば、如来の御世、衆生の機を観るに、上中下有り。故に教えて三乗を設く。所謂、菩薩・縁覚・声聞なり。乗、三に分かるると雖も、戒を以て定慧の本と為さざること莫し。是の故に、如来、初め菩提樹下に坐して、即ち諸もろの大心菩薩の為に、盧舎那仏の三聚浄戒を伝誦し、次に鹿苑・王城に至りて、諸もろの二乗の為に、漸く五篇七聚を制す。十人の僧を立て、白四羯磨して、比丘の具足戒を授く。『比丘受戒録』思ったよりも全文が長いので、全体を5つくら...中国での律宗の興亡に関する文章(1)
今日、4月18日は「発明の日」らしい。何か有名な発明でもあったのか?と思ったが、そういう話ではないらしい。・4月18日は「発明の日」です(特許庁)上のページを見てみると、明治18年(1885)4月18日に、初代の特許庁長官を務めた高橋是清などが、現在の特許法の前身である「専売特許条例」を公布し、日本の特許制度が始まったことを記念した日であるという。ちょっと、いや、だいぶ思っていたのとは違っていた。さておき、今日という日付に因んで、「発明」という言葉について考えてみたい。この言葉、禅宗であれば以下のような文脈で用いられる。十一歳、同郡浄明寺の本宗に得度し、十四歳、晋州慈雲寺の智瓊に得戒す。十八歳、諸方に出游するに、訣れに其の祖曰く、若し大事を発明せざれば、誓って帰らず。『勅諡宏智禅師行業記』これは、中国の宏智正覚...4月18日発明の日
今日4月17日は、イースターである。それで、イースターというのは、キリスト教徒にとっては最も重大な祭日であり、意義としては、十字架にかけられて処刑されたイエス・キリストが、3日目(イエスが処刑された日を1日目として)に復活したことを示すという。なお、何故今年は4月17日に行うかといえば、イースターを行う日付は「春分の日の後の最初の満月の次の日曜日」だと定められている。いつも思うが、「の」ばっかりだ。今年の春分の日以降の最初の満月は、4月17日(日)の夜明け前であった。よって、本日がイースターになるのだが、これは、一般的な「西方教会」の定めらしく、「東方教会」では24日(日)になるという。このずれる理由については、暦に対する根本的な考え方の違いもあるとされるが、もう一つ、ユダヤ教の「過越祭」との関わりがあるという...イースター雑考
新暦・旧暦の話も混じるので、色々と面倒くさいところではあるが、本来、今日4月15日は、結夏(夏安居の結制)であるとされるが、どうもそれは、中国の禅宗からの印象もある。解夏の上堂。四月十五日に結び、七月十五日に解く。『密菴和尚語録』この通りである。十五日から十五日まで、ということで、とても綺麗な日付となっているのだが、実際に律蔵を見てみると、ちょっと別様の話が見えてくる。三種安居有り、前安居・中安居・後安居なり。『四分律』巻58「毘尼増一之二」それで、上記の説明について見ていくと、先に挙げた禅宗で安居が行われた日付について、色々と思うところが出てくるのである。仏言わく、「後安居を聴す。二種安居有り、前安居有り、後安居有り。若し前安居に在れば応に前三月に住すべし、若し後安居ならば応に後三月に住すべし」。『四分律』巻...「三種安居」の話
とある経典の検索ソフトで「清規」という単語を調べていたら、以下の一節を見出した。小仏事〈法事次第、屏岩清規に依る〉『伝衣石渓仏海禅師雑録』ここで、個人的には『屏岩清規』について気になった。なお、「法事次第」とは、喪儀法の式次第を指しているようだ。まずは、その辺を下地に、これがどんな文献なのかを見ていきたい。とはいえ、この『屏岩清規』について、どの文献を意味するかは、すぐに分かってしまった。屏岩首坐、新規を刊示して、旧板に於いて祥(詳の音通か)なり。後学を汲引す。『叢林校定清規総要』「後題」このように出ているので、『屏岩清規』とは、通称『校定清規』のことだと分かるわけである。この清規は、当時の禅門で行われていた諸清規を校定繕写して、元の咸淳10年(1274)に惟勉が著したもので、全2巻である。ところで、そうなると...『屏岩清規』とは?
提婆達多は、釈尊のいとこであり、一時的には仏教教団の比丘となっていたが、後には僧伽を破り、自らの教団を打ち立てたとされる。これは、後に「破僧罪」という仏教でも最大の罪、いわゆる五逆罪の1つに数えられるようになった。そうなると、今度はその罪の解消がどのようになされるのかが検討される場合もあった。問うて曰わく、「若し大罪有れば、仏、救うこと能わず。若し罪無ければ、仏の救いを須いず。云何が三宝、能く救護すること有るや」。答えて曰わく、「提婆達多、三宝に帰依するも、心、真実ならず、三帰、満たず。常に利養名聞を求め、自ら一切智人と号す、仏と争競す。是の因縁を以て、三宝、大力有ると雖も、救うこと能わざるなり。阿闍世王の如きは、逆罪有りて、応に阿鼻獄に入るべきと雖も、誠心を以て仏に向かうが故に、阿鼻の罪を滅し、黒縄地獄に入る...三帰依と提婆達多の救済について
鉢盂(応量器)は、比丘にとっての食器を意味するが、その器の数について記事にしてみたい。ただし、この辺は以前【「頭鉢」考】という記事を書いていて、それと重複する部分も多いことは予めお断りしておく。個人的に気になったのは、やはり以下の文脈である。鉢器大小の数十誦律に云わく、鉢・半鉢・大鍵𨩲〈鍵の音、処なり。𨩲の音、咨なり。経音疏云く、鉢中の小鉢、助鉢に用いる故に〉・小鍵𨩲〈僧祇に同じ〉○四分律に云わく、鍵𨩲、小鉢に入れ、小鉢、次鉢に入れ、次鉢、大鉢に入る〈此の律に言う。小鉢、即ち十誦の大鍵𨩲なり。次鉢、即ち半鉢なり。諸律の四事に准じて見るべきなり。今、呼んで鐼子と為す。鐼の音訓切なり。韻に云く、鉄類なり。器に非ざるが故に〉。『釈氏要覧』巻2「道具」項中国で後代に作られた文献であるから、もちろん、どこまで実態を反映し...鉢盂の器数について
先般、永明延寿の『万善同帰集』を読んでいたら、その中巻に「『菩薩善戒経』に云く、「声聞戒は急、菩薩戒は緩。声聞戒は塞、菩薩戒は開」」という一節が引用されていたので、少し気になっていた。改めて典拠の『菩薩善戒経』を読んでみると、この一節を含めて、声聞戒と菩薩戒の比較を行っていたので、両者の違いを知るために、学ぼうと思った次第である。仏言わく、善哉善哉、優波離よ、至心諦聴せよ。善思、之を念い、当に汝の為に説くべし。優波離よ、声聞戒の因縁は異なれり、菩薩戒の因縁は異なれり。声聞戒の心は異なれり、菩薩戒の心は異なれり。声聞戒の荘厳は異なれり、菩薩戒の荘厳は異なれり。声聞戒の方便は異なれり、菩薩戒の方便は異なれり。優波離よ、声聞戒の浄は、菩薩戒の浄に非ず。菩薩戒の浄は、声聞戒の浄に非ず。声聞の人、乃至、一念に有を求めざれ...『菩薩善戒経』に見る声聞戒と菩薩戒の比較について
多分、本気で調べている人もいると思うので、そういう場合にはそちらの記述を参照して欲しい。このブログでは、とりあえず目の及ぶ範囲で記事にしておきたい。先日、【今日は釈尊降誕会(令和4年度版)】の記事でも少し指摘したが、釈尊の降誕に際し、生まれた直後に二頭の龍が、釈尊にお湯や水を掛けてさし上げたという伝承は、仏典上に存在することは確認したが、それが現代的には「甘茶」になってしまっている。そこで、この「甘茶」って一体何だ?という疑問が起きてきた。まとめれば、釈尊降誕会(花まつり)で「甘茶」を誕生仏にかける習慣はいつから出て来たのか?と思ったのである。まずは、明治期の或る記述を参照しておきたい。後世鎌倉幕府の末葉から足利氏室町の治世に至つて、四月八日釈迦の誕生会を祭ることゝなり、ついで江戸徳川時代に今のやうな花見堂の中...「甘茶」考(再掲)
今日、4月8日は釈尊降誕会である。世間一般では「花まつり」などとも呼称されるが、それは明治時代以降に作られた呼び方であり、かつては「仏生日」「灌仏会」「浴仏会」などと呼ばれた。そして、仏教の開祖である釈迦牟尼仏(日本では、「お釈迦さま」などと尊称される)がお生まれになった日とされる。ただし、その生まれた年代には、様々な見解があり、今の段階で確定しているわけでは無い。そこで、中国で編まれた或る文献の記述を見ておきたいと思う。周の昭王二十六年〈甲寅〉四月八日、仏、母夫人の右脇より出でて、自ら七歩行きて、右手を挙げて言いて曰わく、「天上天下唯我独尊」と。『仏祖統紀』巻54この通り、釈尊の生年を「周の昭王二十六年〈甲寅〉」だと断言しているのだが、周の昭王とは、B.C.1052~B.C.1002の在位だったとされているた...今日は釈尊降誕会(令和4年度版)
禅宗に於いて亡者(死人)に引導し、読経する儀式は、百丈懐海禅師(749~814)を淵源とする見解があり、特に死者に法語を授けた事実をもって、その傍証に充てている。それで、色々と見てみるけど、その法語が何を意味するのかが分からなかった。ちょっと調べただけだと、中々出て来なかったためである。しかし、どうやらその見解の出典は、臨済宗の『諸回向清規』だったようである。これは、読んでなければ分からない・・・とりあえず見ておこう。○百丈禅師通下火三界に法無く、何れの処に心を求めん。四大、本より空なり。所以に心空及第にして帰す。且く道え。作麼生か是れ心空及第の処。(火把を以て一円相を打して云く)大火に焼かれる所の時、我が此の土は安穏なり。『諸回向清規』巻5「下火」とは、「下炬」ともいうが、龕に入った亡者の亡骸の下に多くの木材...「百丈禅師通下火」について
引導法語を作る時、別に完全にオリジナルでは無くて良い、という口伝がある宗派があり、その意味では祖師方の詠まれた偈頌は積極的に参照して良い、という話だと聞いている。よって、当方も葬儀の引導法語を勉強したが、こんな句を見付けた。法身を覚了すれば一物無し、有為に執すること莫れ。本源自性天真仏、無為に執すること莫れ。有無倶に坐断して、一霊の全体、又、如何。『抜隊得勝和尚語録』抜隊得勝禅師(1327~1387)とは、臨済宗法灯派・孤峰覚明禅師の法嗣であり、山梨県向嶽寺の開山である。孤峰禅師の弟子だから、というので、語録を読んでいたら、或る在家信者の三十三回忌に即して詠まれた法語に、この句を見付けたわけである。その後調べてみると、抜隊禅師は数ヶ所で、この「本源自性天真仏」を用いていたようだ。祖録を読まれている方なら良く御存...本源自性天真仏と引導法語
この敬光尊者(1740~1795)は、天台寺門宗の学僧であり、江戸時代中期の同宗を代表する僧侶であるといって良い。ちょうど、他の宗派でも学問が振るった時期であったと思われる。なお、この敬光尊者は、かの慈雲尊者飲光にも師事しているという。そこで、この敬光尊者の著作の1つに比叡山での天台宗の学びについて論じた『山家正統学則』を見てみると、尊者が同時代の他宗派について関心を持ち、様々に論じていることが分かるのだが、同宗派に於ける「四箇の伝法」を論じる項目で、気になる一節があったので、それを見ておきたい。ところで、「四箇の伝法」であるが、本書では「北嶺両寺の四箇の伝法とは」と言うことで、以下の四つをあげている。・第一は達磨所伝の一心戒是なり。・第二には天台所伝の法華宗是なり。・第三には天台所伝の梵網宗是なり。・第四には...敬光尊者『山家正統学則』に於ける「四箇の伝法」と達磨一心戒
以前から、ちょっと注目していた一節について、学んでみたいと思う。月十五日の説戒の時、仏、須菩提に告げ、「今日、菩薩大会なり。諸菩薩に因むが故に般若波羅蜜を説く。菩薩、当に是れを学成すべし」。『道行般若経』巻1「摩訶般若波羅蜜道行品第一」とりあえず、『般若経』でも布薩の場面が登場することが分かる。なお、このことに関連して、平川彰先生が、こんなことを指摘していた。出家菩薩にも和尚や阿闍梨があったことも、大乗経典に説かれています。さらに月の十五日に布薩の集会をすることも、般若経などに説かれています。中インドでは、満月と新月の晩に集会をすることは、婆羅門をはじめ、沙門にも古くから行われていましたので、釈尊もこれを採用されて、とくに比丘たちに、これを波羅提木叉を誦出する集会とされたのであります。しかし菩薩の集会には、波羅...『般若経』に於ける「布薩」について
以前、当方自身も体験してきた「御戒壇巡り」について興味を懐いた。ただし、当方自身、日本の仏教に於ける戒律などを最近は研究しているので、その点から考えると、この場合の「戒壇」というのは、援用、或いは誤用なのではないか?と思ってしまったのである。そこで、当方自身の疑問を解決するために、善光寺の公式サイトでの見解をまず確認してみたい。・第4回お戒壇巡り(善光寺法話)上記の法話を、一応、公式見解として受け取っておくと、ここでいう「お戒壇」というのは、「お戒壇巡りは、秘仏の御本尊様の下を巡って」とあるので、御本尊さまが安置されている場所(他の宗派なら内陣、壇なら須弥壇とかいう)自体のことを指しているか、或いは、その地下を指している言葉であることが分かる。つまりは、受戒をする場所としての戒壇では無いことは明確である。そうな...「御戒壇巡り」の戒壇について
以前、或る文献で、在家五戒について、「飲酒戒」のみは「遮戒」であるという話を見たことがあった。今回は、その典拠の1つかとも思われる文献を見ていきたいと思う。問うて曰く、優婆塞の五戒、幾ばくか是れ実罪か、幾ばくか是れ遮罪か。答えて曰く、四は是れ実罪、飲酒の一戒は是れ遮罪なり。飲酒は所以に四罪と同類の結を得て、五戒と為すものなり。以て飲酒は是れ放逸の本なり、能く四戒を犯す。迦葉仏の時の如きは、優婆塞有りて、飲酒するを以ての故に、他婦と邪婬し、他衆を盗殺す。他の人、問うて言わく、「何を以ての故に爾るや」。答えて言く、「作さず」。酒乱を以ての故に、一時に能く四戒を破る。有以飲酒を以ての故有りて、能く四逆と作す。唯だ破僧することを能わざるのみ。宿業に非ずと雖も、狂乱の報有るは、飲酒を以ての故に、迷惑倒乱す〈中略〉又た酒乱...仏教の戒律に於ける「実罪」と「遮罪」について
今日4月1日はエイプリルフールとされる。この日については当然、江戸時代までの日本には存在しておらず、明治時代以降に欧米文化を紹介していく中で、徐々に定着していったものらしい。例えば、以下のような紹介文が知られている。四月一日は、西洋ではオール、フールス、デー。エープル、フールス、デー(もう一ツ何とか名があつたが忘れた)等と言つて随分馬鹿騒ぎをする日である、日本では之を万愚節、馬鹿日、嘘つき日などと訳してあるが何つれにしても余り善ささうな名前ぢやない、橋口天萍『四月一日』(橋口勇出版・大正4年)7頁、読み易く漢字などを改める色々と調べてみたが、当方の力ではこれよりも前の文献は分からなかった。おそらく、新聞や雑誌などにはあったとは思うが、それは容易に調べられない。実際に、上記一節からいっても、大正4年の段階で、既に...四月一日万愚節
聖書に基づくイエス様の救いの証をお語り下さい。短くても結構です。
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目に見えて分野として、スピリチュアル×心理学を使って、健康になって幸せを目指せます。
成功への極意を伝えます。たったひとつの考動力で0〜無限を生み出す秘密を伝授し 人生が好循環に回り、自分軸であなたがあなたらしく生きていけます。
ここでは、「妖精」「妖精の森」「おとぎの國」についてのイメージを、共有し合います。どこかで見た絵夲やファンタジー小説、夢に出てきた世界など、何でも。 また、リアルに妖精の森のような未來を望む書き込みも大歓迎です。 但し、旧スピ的発想や、宗教の勧誘、政党政治の推進、メディアを鵜呑みにしたり恐怖を煽るような書き込みは、すべて却下します。
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自分を変えようとして苦しんでいる人は多くいます。実は自分を変えようとしていることが間違いなんです。そもそもそのそのままの自分で幸せに暮らすことができます。それができるならみんなそのままの自分で暮らしたいと思っていると思います。そんなそのままの自分で幸せに暮らすためのヒントを発信します。
「奇跡」を司るのが「神」 時間・空間・物質に「奇跡」が起きた。 生命は「奇跡」の連続 「大いなる意思」は「神の愛」 人間は皆、「神の子」です。