聖書に基づくイエス様の救いの証をお語り下さい。短くても結構です。
オープンダイアログとは?フィンランド発の「開かれた対話」がもたらす効果と日本での活用事例
少しずつ子どもに興味をもつようになる夫、セラピストの選び方
【コーヒーカード&カラーカード占い】11/6(水) LADY & RUBY【今日の占い】
★向坂留美子先生のレッスン
∞ 【火傷をたった2日で治した精油】 #だれかに教えたいこと
りらくるへ&小太朗可愛い 動画あり
懸賞
ヒプノセラピストの私が、日々磨いているものとは?!
友人の証言から見る理学療法士のリアルな職場環境
★神社仏閣を聖徳太子の時代から支え続けた金剛組と高松建設
★帝国ホテルのひまわり
ヒプノセラピストが受けたヒプノセラピーセッション体験談 (その③)
ヒプノセラピストが受けたヒプノセラピーセッション体験談
【複製】令和6年夏ジャパネットたかた事件
【セルフヘルプ】行動療法の種類
神様からのメッセージ!加賀國三社巡り@白山比咩神社 後編
神様からのメッセージ!加賀國三社巡り@白山比咩神社 後編
星読み!風の時代を心地よく生きるために!
邪気を払い、心身をリセット。塩の浄化入浴で、スピリチュアルな癒しを体感しよう!前編
邪気を払い、心身をリセット。塩の浄化入浴で、スピリチュアルな癒しを体感しよう!後編
想いの力と言霊の力
私は、人間だもん
自然と人工のちがいとは?
宇宙にオーダー2 (補足)
宇宙にオーダー
はしゃいで、騒いで、笑顔になれる、特別なセッションとは
神様からのプレゼント@白山比咩神社 不思議体験
なぜ、他人に親切にしても良いことが返ってこないのか?に回答しました。
星読みメッセージ!新しい自分に挑戦!一歩踏み出して、日常を彩ろう!
待ちに待った風の時代到来!新しい時代の始まり!
「ローズンゲン『日々の聖句』」より、日々の聖書の言葉を紹介しています。聖書の言葉を中心に、生活に光が差し込むようでありたいです。
現在日本では少子化が大きな社会問題として騒がれています。 簡単に言うと少子化→人口の縮小→経済の縮小→国家の衰退という筋です。 主に人口の縮小によって各種の公共サービスの財源が失われることだけが問題であるかのように事は矮小化されています。逆にいえば「日本単体の出生率さえ回復出来れば、それだけで『解決出来得る問題』である」とボンヤリと捉えられているってことです。 本当の問題は、簡単に言うと「世界人口の不可逆的な縮小→世界文明の長期的停滞→人類そのものの衰退」です。要は「もうこの地球上では人間は種としての大規模な発展は望めない」ってことなのです。 「もうこの地球上では人間は種としての大規模な発展は…
にほんブログ村アクセスありがとうございます もしも、「風水によって不幸を避けられている」という人がいたら その人は、ご自分を偽っています。 先日、コンサル中にクライアントさまからこんな質問があり
「悪い人間というのは霊的成長における幼児なのです」「私は悪とは同じエネルギーの用途を誤っていることだから許すべきではないという考え方をとります。あなたが悪い奴らと思っている人間は未熟な人間ということです。その人たちが表現しているエネルギーは成長と改善のためにも使用できるのです。 自分から ″悪人になってやろう〃 ″利己主義者になってやろう″と思って悪人や利己主義者になる人間はめったにいるものではありま...
ちょっとした論考である。いわゆる、宗門に於ける剃髪の重さについて検討するものである。まぁ、有髪のままにしておく宗侶にも、色々な理由があるのだとは思う。ただ、この辺、規範的な要素も含めて見ておくべき教示は以下の通りである。あるひは長髪ならしむるともがらあり、これも非法なり。大国の僧家の所作なりとして、正法ならん、とあやまることなかれ。先師古仏、ふかくいましめのことばを、天下の僧家の長髪・長爪のともがらにたまふにいはく、不会浄髪、不是俗人、不是僧家、便是畜生。古来仏祖、誰是不浄髪者。如今不会浄髪、真箇是畜生。かくのごとく示衆するに、年来不剃頭のともがら、剃頭せるおほし。あるひは上堂、あるひは普説のとき、弾指かまびすしくして責呵す。いかなる道理としらず、胡乱に長髪・長爪なる。あはれむべし、南浮の身心をして非道における...曹洞宗侶は有髪のままで法要を行うことが可能か?
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個人的に『応援団のヒトたち』と呼んでいる存在があります。文字通りその人の後ろで人知れず応援してくださる眼に見えない人々のことです。 所謂成仏していて、それでもこの世の人間の手助けをしてやろうという奇特な方々です。そういうヒトたちはアチラから「この人間なら応援してやろうかな」と見定めて来ています。こちらの勝手な都合で来てもらえるものではありません。来るか来ないかはあくまでも応援団のヒトの側の都合です。 応援団のヒトの都合で、その人間の生きざまを気に入って手助けしようと来てくれてるわけです。 逆にいえば気に入らなくなったらそこから居なくなります。つまり、応援団のヒトは多くなったり少なくなったりする…
先週の大失態から毎日連絡しているけれどまったく連絡がない・・・当然か。。。lineも既読にすらならない・・・自分が何を言ってしまったのか・・・しばらく思い出せなくて、週が明けてやっと思い出した・・・自分は最後にこういった・...
「人生最大の秘密」「人間的存在としての神は人間がこしらえた観念以外には存在しません。人間的存在としての悪魔も人間が発明した概念以外には存在しません。黄金色に輝く天国も火焔もうもうたる地獄も存在しません。そうしたものはすべて視野を限られた人間の想像的産物にすぎません。神は法則なのです。それさえ理解すれば、人生の最大の秘密を学んだことになります。なぜならば、世の中が不変にして不可変、全智全能の法則によ...
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我々は、様々な行持作法については、一度拡張された場合、それがどこか永続的に後代に受けつがれていくものだと思っているかもしれない。そして、「慕古」という精神性の場合、先例踏襲こそが重要である以上、後の者が前の者が作ったものを改変するなんて、畏れ多いことだと思われるかもしれない。そして、この精神性は、少なくとも曹洞宗の清規の歴史的事実には全く当て嵌まらない。江戸時代以前の清規はもちろんのこと、明治時代以降の『行持軌範』ですらも、拡張一辺倒ではなくて、適度の「組み替え」を行いながら、その時代に合わせて改変されてきたものである。今日は、その証拠の1つとして、昭和25年に改訂された『昭和改訂曹洞宗行持軌範(以下『昭和改訂』と略記)』を見ていきたいと思う。この軌範の「小序」には、改訂する意図について、以下のように定めている...『昭和改訂曹洞宗行持軌範』の面白さ
2020年5月にライブドアブログ (『クリアー整体ヒーリング』です) からはてなブログに引っ越しましたが、すべての記事をそっくりそのままこちらへ移す予定はありません。 向こうでは10年あまり、ほとんど毎日更新して来ましたしねぇ、古い記事は朽ち果ててもいいかなって気がするのです。 また今は昔よりは色々と分かってきた部分もありますしね… とはいえ全部消えてなくなるのも惜しい気がします。 復刻版と言いますか、古い記事の一部は手直しなどして、ぼちぼちとこちらへ上げてみたいなと考えております↓ 2017年6月の記事 「所謂『守護霊』といわれるような存在が本当にいるのか?」といえば「まぁ、いるんだろうな」…
営業を辞めた経験を持つ、くんれん(@waradeza)です。 ルート営業職を約3年経験しました。 当時は以下の営業でした
退職してから訓練校に通った、りょうたです。 退職した当時の流れです。 退職届の書き方を自分で調べる ⇒夜中の『ドンキ』に
「困難に直面した時は必ず道は開かれるという信念をもつことです」「せっかちと短気はいけません。せっかくの目的を台なしにします。内部から援助してくれる力は静穏な環境を必要とします。物事には一つの枠、つまりパターンがあり、そのパターンにそって摂理が働きます。宇宙の大霊もみずから定めた摂理の枠からはずれて働くことはできないのです。指導と援助を求める時はそれなりの条件を整えないといけません。そのためには、そ...
江戸時代に加賀大乘寺26世の月舟宗胡禅師(1618~1696)が再興した禅戒会について、その実態としては『仏祖正伝菩薩戒作法』を用いた登壇受戒と『血脈』授与が大きかったと、法嗣で同寺27世の卍山道白禅師(1636~1715)以下、その法系に連なる方々が評した。なお、月舟禅師ご自身の授戒会作法の詳細は知られないが、大乘寺で参学したとされる指月慧印禅師に『開戒会焼香侍者指揮』(『続曹全』「清規」巻所収)が残り、作法の大部分が知られるようになった。仮にその作法を「大乘寺式授戒会作法」と呼んでおく。なお、同作法は少しずつの改変をしつつ、現代まで宗門授戒会の基本となっている。ところで、同作法には批判も存在し、例えば、面山瑞方禅師などは、『若州永福和尚説戒』坤巻「加行の因縁」項(『曹全』「禅戒」巻所収)で四衆一等の授戒作法...大乘寺式授戒会作法に於ける「七衆一羯磨」の根拠について
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この世はどう転んだところで不確実性の世界です。 どこまで行っても不確かな状況の中で何とかかんとかバランスを取って生きていくしか道はないのです。 でも、不確かというのは同時に流動性であり、それは自由の源でもあります。 安定と自由は反比例するってことです。 或いは不安定と自由は比例するとも言えます。 安定した状態を突き詰めると最終的には『思考停止』になります。 考えなければグラグラと迷う必要がないからです。 ここでいう思考停止とは簡単にいえば盲信することです。 盲信するとは、精神的に自分をナニカに委ね切った状態にすることです。 そのナニカとは特定のの思想・宗教とそれを象徴する人間・集団とかです。 …
にほんブログ村アクセスありがとうございます 6月10日 19時53分、風の時代最初の、風のサイン双子座で起こる日食です。 双子座新月(日食)では、あなたの願いや望みをリストにするとき、 それが叶
今回は、【WeRise提言】として、新型コロナ感染症予防対策についての共同宣言を7人の医師が声明を出されているのを知りました。その内容を記しておきます。厚生労働省は、自粛の必要性について、その科学的根拠を示すべきである。 また、新型コロナウイルスの存在を示す根拠となる科学論文を示すべきである。 武田邦彦・吉野敏明・大橋眞・矢作直樹・藤井聡・内海聡・井上正康【WeRise提言】(1/2)1.私たちは...
今日6月10日は「時の記念日」とされる。『日本書紀』「天智天皇十年四月辛卯」条に、日本で初めて「時の鐘」が打たれたことに由来するという。この時の時計は、「漏刻」といって、水時計であった。それから、先の天智天皇の事績の日付は、「天智天皇10年4月25日」なのだが、これをグレゴリオ暦に変換すると「671年6月10日」となるため、今日をもって、時の記念日としたとされる。なお、以前に書いたことがあったが、道元禅師が開かれた当初の永平寺では、やはり「漏刻」を使用していた。諸寺、漏刻を直歳司に置き、人工両人これを知らす。『永平寺知事清規』「直歳」項ここに見るように、道元禅師は漏刻を直歳寮に置いて、漏刻担当の人工2人が、時刻を全山に知らせるように指示しておられる。なお、指示の方法は鐘や太鼓の音だったと思われる。ただ、これが夜...6月10日時の記念日(令和3年度版)
「ローズンゲン『日々の聖句』」より、日々の聖書の言葉を紹介しています。聖書の言葉を中心に、生活に光が差し込むようでありたいです。
目の前に100人の人がいれば100通りの「正しい!」が存在します。 みんな自分が正しいと思っているからです。 もしその100人の中の1人が自分の「正しい!」を何処までも妥協なく押し通そうとすれば最終的に何らかのチカラを行使して相手を捩じ伏せるしかなくなります。 万人が心から納得する「正しい!」なんて何処にもないからです。知力・暴力・権力…如何なるチカラであれ、チカラを年がら年中行使し続けることを是とするならば、遅かれ早かれ他者に対する『オラついた気持ち』が染み付いていくでしょう。 『正しいの比べっこ』というのは本質的に「やってやられて」の世界ですので、心は殺伐とせざるを得ないのです。 じゃあ、…
まだ、日本列島は梅雨の期間中ではあるが、夏場に備えて学んでおきたい一節を見付けたので、採り上げておきたい。垢膩衣、垢はあかづき、膩は油らついたもの、律部にあることしや、伴僧抔に出たときは見苦い、今日洞家の雲水は、貧なれば、夏は洗濯するがよい、面山瑞方禅師『宝慶記聞解』(明治11年版)乾巻・25丁裏、カナをかなにするなど見易く改める短い一節ではあるが、色々と思わせるところがある。まず、この一節は以下の文章への講義となっている。垢膩衣を著けるべからず。『宝慶記』第4問答これは、如浄禅師が「第一初心の弁道功夫の時」に注意すべきこととして挙げた教誡に見えるものである。あくまでも、初心の弁道功夫であるから、後に長じたときには実践する必要が無くなることも多い。それを意識して読まないと、ただの戒律のようになってしまう。そこで...夏場の法衣の洗濯について
「今の自分の身の上について神に向かって不平を言えますか」「同じこの地球上に身を横たえる場所もなく、星空の下で寝なければならない人が大勢いるのです。風雨にさらされている人が大勢いるのです。その日の食べ物にすら事欠いている人がいるのです。そういう現実のもとで、あなたは今の自分の身の上について神に向かって不平を言う資格があると思われますか。」 このシルバー・バーチ霊のメッセージは、今のこの世も同じような...
霊能者というのがどういう範疇の人たちを指すのか実際のところよく存じ上げません。 ていうか特に深く考えたことはないのです。 一般的なイメージで言えば霊能者ってのは「霊的なモノをその眼や耳でハッキリと見たり聞いたりすることが出来て、しかも除霊やお祓いと呼ばれる行為が十分可能な人」ってところになるじゃないでしょうかね? つまり、霊能者と呼ばれるかどうかのボーダーラインは「霊的な良からぬモノを対処して霊障と呼ばれるような眼に見えない障害の類いを改善出来るか出来ないか」というところにあるということです。 簡単にいえばお祓いや除霊みたいなことが出来るかどうかが霊能者の境目ってことです。 そもそも霊能者と呼…
今日は雨ですねでもなんだか気持ちのいい雨です(自分にはですが・・・)気分が晴れているみたいです気持ちが穏やかなんですね急にどうしたんだろう・・・と不思議なんですが。。昨日、何かあったっけな?彼女とは昨日会えていないんだよな...
「目先の結果だけで判断してはいけません」「目先の結果だけで判断してはいけません。あなた方は物質の目だけでご覧になっておられます。もし霊の目で見ることができれば、一人ひとりに完全な公正が行きわたっていることがお分かりになるはずです。私は時おり皆さんの祈りに耳を傾けてみることがありますが、もしも神がその願い通りになさったら却って皆さんにとって好ましくない事態になるのだが、と思うことばかりです。」 この...
我々は現在、下水道がだいたい全国どこでも敷設されているから、髪を剃った後、それは大体風呂場で流したりしているとは思う。もちろん、新聞などを敷いて剃って、捨てているという人もいるかもしれない。それで、この辺、かつてはどうだったのか?という話をしたいのだが、道元禅師の本師・天童如浄禅師には、以下のような上堂語が知られているので、紹介しておきたい。煆髪上堂。活剗の群牛、脳後の毛。風吹き日炙りて腥臊を転ず。狼藉に堪えず天地を薫ず。罪悪重きを将って業火焼く。恁麼に見得すれば、切忌すらくは死灰に舍利を尋ねんことを、臭烟蓬㶿の焔頭より高し。『如浄禅師語録』まずは簡単に意味を採っておきたい。活き活きとして表面の体毛が削られた牛の群れの頭の後ろに生えていた毛は、風が吹き太陽が炙るように照らして焼かれ、大変に生臭いニオイを発してい...天童如浄禅師の「髪を焼いた話」
「ローズンゲン『日々の聖句』」より、日々の聖書の言葉を紹介しています。聖書の言葉を中心に、生活に光が差し込むようでありたいです。
2020年5月にライブドアブログ (『クリアー整体ヒーリング』です) からはてなブログに引っ越しましたが、すべての記事をそっくりそのままこちらへ移す予定はありません。 向こうでは10年あまり、ほとんど毎日更新して来ましたしねぇ、古い記事は朽ち果ててもいいかなって気がするのです。 また今は昔よりは色々と分かってきた部分もありますしね… とはいえ全部消えてなくなるのも惜しい気がします。復刻版と言いますか、古い記事の一部は手直しなどして、ぼちぼちとこちらへ上げてみたいなと考えております↓2017年4月の記事 日々量産される自分自身に向けたネガティブな想念エネルギーというものは、年月を追うごとに膨大な…
きっと あなたは 乗り越えられます 乗り越えられないことは 起こりませんから 最近よく聞くんです 「神は乗り越えられない 試練は与えない」 という言葉 何気…
にほんブログ村アクセスありがとうございます フライングスターの移行にともない、チャートの見直しをしましょう。 風水とは、あなたが時と場所を自ら選んだ人生で意味のある環境です。 だからどんな住まい
「過ちを犯したら、過ちを犯した当人がその償いをする、それが霊的法則です」「一人一人の人間が、自分の行為に自分で責任を取ります。それが自然の摂理なのです。いかに愛する人とはいえ、その人に代わってあなたが責任を取るわけにはまいりません。その人の行為の結果をあなたが背負うことはできません。それを因果律というのです。過ちを犯したら、過ちを犯した当人がその償いをする---霊的法則がそうなっているのです。 地上...
「ローズンゲン『日々の聖句』」より、日々の聖書の言葉を紹介しています。聖書の言葉を中心に、生活に光が差し込むようでありたいです。
少し前のことだが、江戸時代の鈴木正三(1579~1655)『麓草分』の江戸期版本(一応、安政6年という刊記はあるが、正しいのか不明)を入手しており、今回はそれを読み解いていきたい。なお、同書の内容などは、拙Wikiの『麓草分』をご参照願いたい。ということで、この記事では同書の第一章というべき「剃髪受戒時可著心事(剃髪受戒の時、心を著くべき事)」を見ていきたいと思う。同章の冒頭では、まず『麓草分』という文献名の意味が明示される。一仏道修行に赴く人は浅きより深きに入、麓の草を分て頂上に登る可し。修行未熟にして向上に至る事かたし。意を得処は古徳直示の手段に眼を著くべし。安政6年版『麓草分』1丁表、カナをかなにするなど見易く改めたまずはこの箇所である。正三は仏道修行について、草を分けて山に入り、麓から頂上に登るようなも...鈴木正三『麓草分』「剃髪受戒時可著心事」について
人間というのは本質的に無知な生き物です。 人間ごときが何でも分かるわけがないのですから当たり前です。 でも、知らない部分は何かで補わなきゃなりません。 その何かとは簡単にいえば想像力です。 ここでいう想像力とは知らないなら知らないなりに一生懸命察したり慮ったりしようとする心の働きのことです。 先ず自分の無知を皮膚感覚で知ることが想像力を養う第一歩です。 逆に知ったつもりになればなるほど想像力を失っていきます。 想像力とは自分の無知を知ることから始まるからです。 慮るチカラが弱いというのは心の視野が狭いということです。 心の視野の狭さとは人間に本来備わった平衡感覚によって感じられるはずの感覚が十…
悪霊なんて、自分で撃退したいよね。でも、そんなことできるようになるには、どうしたらいいの?なーんて疑問もってる人、いませんか?幸福の科学の大川隆法先生は、『日本を救う陰陽師パワー公開霊言安倍晴明・賀茂光栄』(幸福の科学出版)で、安倍晴明と宮中で人気を二分していた陰陽師(おんみょうじ)・賀茂光栄(かものみつよし)の霊の言葉(「霊言」)を、次のように伝えておられます。やはり、念力を鍛えなければいけません。あなたがたを見ていると、まだ、「念力を鍛える」ということを知らないようですが、やはり、人には念力というものがあるんですよ。まだ十分に念力を使えていないようですね。だから、念いを集中させ、それをレーザー光線のように放射する術をマスターしないといけません。霊言もそうですけれども、幸福の科学には、受動的立場、受け身の立場...悪霊撃退の心構えって?
昨日、『インセプション』という映画を観ました。 ちょっとややこしいと思うところもあったのですが、この映画を観て感じたことがあります。 映画は潜在意識へ働きかけて、 ...
「世の中の不公平はどうお考えになりますか」「地上での出来ごとはいつの日か必ず埋め合わせがあります。いつかはご自分の天秤を手にされてバランスを調節する日がまいります。自分で蒔いたものを刈り取るという自然法則から免れることはできません。罪が軽くて済んでる者がいるようにお考えのようですが、そういうことはありません。あなたには魂の豊かさを見抜く力がないからそう思えるのです。 私がいつも念頭においているのは...
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今日6月6日は、いけばなの日らしい。・6月6日は「いけばなの日」(公益財団法人日本いけばな芸術協会)上記の通りなのだが、6月6日という日付については、稽古事を始めるには6歳6月6日が良いとされるため、この日が「いけばなの日」になったらしい。冷静に考えてみると、稽古事なら何でも良いということになりそう・・・ところで、いけばなといえば、伝統的な芸術になるが、歴史的には仏教の影響があったともされる。・いけばなの歴史(池坊)・いけばなの歴史(いけばな草月流)いけばなの起源は一般に、仏教とともに伝来した仏前の供花にあるとしている。ただし、神を招く依り代として常緑樹を立て、花を飾った日本古来の習俗から来たものとする説もあるというが、正直、神道の説は信用出来ないことが多いからな。ここでは、仏教を採っておきたい。仏教の場合、以...6月6日いけばなの日
ヒーリングなんてことをしておりますと所謂成仏していないヒトに出会うことは決して珍しくありません。 珍しくないというのも随分控えめな言い方なんですけどね… 所謂『成仏』してないヒトの多くが生きていた時の刷り込みとそれに基づく条件反射でほぼ動いているようにお見受けします。 「死んだらお墓に行かなくちゃ!」とか「仏壇に居なくちゃ!」とかいう想いでズルズルと動くのです。 線香の煙や読経の声にも亡くなられた方は反応して寄って来ます。 それによって「自分も成仏出来るはずだ!」という生前の刷り込みの結果なのかなと感じます。 あと、自分が亡くなったこと自体分かってない人も大勢いらっしゃいます。 そういう人は道…
祈り。国や民族、宗教によって祈りのスタイルは違っても、祈る行為そのものは太古からずっと続いている、人類に共通する神聖な行為ではないでしょうか。 私は初詣の時に「家族が健康でありますように」と決まり文句で祈る程度で、これまで祈りとは全く縁のない生活をしていました。 ところが、どういうわけか最近「祈り」によく出合うんです。 もしかして今、祈りがキーワードなのか。祈りの意味が変わりつつあるのか。 最初の出会いは白鳥哲監督のドキュメンタリー映画「祈り~サムシンググレートとの対話」でした。この映画は筑波大学名誉教授で遺伝子学者である村上和雄氏を追ったドキュメンタリー映画で、数々の賞も受賞しています。(村…
「宇宙の摂理の前では絶対に不公平はありません」「時として人生が不公平に思えることがあります。ある人は苦労も苦痛も心配もない人生を送り、ある人は光を求めながら生涯を暗闇の中を生きているように思えることがあります。しかしその観方は事実の反面しか見ておりません。まだまだ未知の要素があることに気づいておりません。私はあなた方に較べれば遥かに長い年月を生き、宇宙の摂理の働き具合を遥かに多く見てきましたが、私...
これまで、【菩薩戒授与に於ける三師について】や【宗門授戒会の三師について】という記事の中で指摘したように、現行の宗門授戒会について考えてみると、理念的な三師(戒師:釈迦牟尼仏、羯磨師:文殊菩薩、教授師:弥勒菩薩)と、具体的な三師(戒師、教授師、引請師)という二重構造になっていて、しかもその両者の関係性は一様ではないという不思議な状態なのである。ところで、「菩薩戒授与」に於ける「三師」について考えてみる際に、以下の一節を学んでおきたい。・『梵網経』には、和上・阿闍梨の二師を請じて、仏像前において梵網戒の受戒をなす作法が示されていますが……・この梵網戒の受戒作法を明かす『授菩薩戒儀』がありますが、これは『観普賢菩薩行法経』に説く受戒作法を受けて、釈迦如来を「戒和上」に請じ、文殊菩薩を「羯磨阿闍梨」に請じ、弥勒菩薩を...洞門授戒会に於ける授与者の変遷
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運命ってのは相対的なものです。世の中のモノはすべて相対的に出来ています。それは、それぞれの運命は常に絡み合い、影響を与え合いながら存在してるってことです。 だから、人と交わり、この世と交わることなくして運命は切り拓けないのです。運命とはある意味『交わり』とも申せましょう。昔の人が言った『吉凶禍福動より生ず』とはそのことではないかと思われます。つまり、人の運は人・モノ・場所との出会いとその際における選択から生まれます。 そうやって生まれた一つの『運』が巨大なジグソーパズルのピースのように繋がっていきます。一見繋がって無いようなピースも何処かで繋がって一つの絵になるのです。しかもそのパズルは一人の…
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目に見えて分野として、スピリチュアル×心理学を使って、健康になって幸せを目指せます。
成功への極意を伝えます。たったひとつの考動力で0〜無限を生み出す秘密を伝授し 人生が好循環に回り、自分軸であなたがあなたらしく生きていけます。
ここでは、「妖精」「妖精の森」「おとぎの國」についてのイメージを、共有し合います。どこかで見た絵夲やファンタジー小説、夢に出てきた世界など、何でも。 また、リアルに妖精の森のような未來を望む書き込みも大歓迎です。 但し、旧スピ的発想や、宗教の勧誘、政党政治の推進、メディアを鵜呑みにしたり恐怖を煽るような書き込みは、すべて却下します。
アフリカ出身の夫と国際結婚し、その生活の中で体験したり学んだり考えたりしています
「純粋な」哲学の話題であれば、何でもどうぞ。 宗教、スピリチュアル、ポエム、政治、社会問題は却下です。 科学哲学は認めます。 なお、オープンな議論を促進するため、コメント機能を有効にすることが望ましいです。
スピリチュアルに触れながらも、それに傾倒しない哲学・思想などを語ってください。 直接的なスピリチュアル批判の場合は、なるべく理性的にお願いします。 スピリチュアル的な考え方は好きだけどハマり過ぎるのは考えもの、という緩い準アンチの方も考えをお聞かせください。 スピリチュアルの構造の客観的な分析なども歓迎です。 みんなの理性を結集してスピリチュアルに対抗しましょう。 なお、オープンな議論を促すためにコメント機能を開放することが望ましいです。
自分を変えようとして苦しんでいる人は多くいます。実は自分を変えようとしていることが間違いなんです。そもそもそのそのままの自分で幸せに暮らすことができます。それができるならみんなそのままの自分で暮らしたいと思っていると思います。そんなそのままの自分で幸せに暮らすためのヒントを発信します。
「奇跡」を司るのが「神」 時間・空間・物質に「奇跡」が起きた。 生命は「奇跡」の連続 「大いなる意思」は「神の愛」 人間は皆、「神の子」です。