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浄土真宗 注目記事ランキング

1位〜50位

  • 1位

    未体験の冬

    今日は大寒だそうです。でも、気温は10度ほどと考えられない状態、未体験の領域で...

    Kei

    煩・悩・図・鑑

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  • 2位

    無い頭を絞ってのんびりと 南面破風下の劣化

    拙寺の大規模改修工事は2011年(画像集)でした。 大層な、そして私の「一世一代」だったわけですが、最近になって気になりだした件があってそれを「今年一番の課題」としていました。 「一番」とわざわざ記すほどですからいつもの「朝飯前」の軽口は出てきません。 それが本堂破風と破風下壁の痛み。 塗装面が風化して木の地肌が露出してきました。 日々目にしている面(本通り側)は駐車場側の北面で、今のところそちらは大した痛みは現れていません。 ところが普段目につきにくい南面といえばあの様になっていました。 海側南面で一日中日光と潮風が当たる方向になりますから致し方ないのでしょうが、それほど両極で違いが現れるとは驚きでした。 どちらにしろこのメンテナンスはいずれ「私が」と心得ていましたのでその心づもりはできていました。 奥方は「またいつものダイハードごっこか・・・」と呆れていますが気が向いた時、風が吹かない時間に奥方を助手にして最良の作業性を思案しつつ、足場を組んでいます。 一昨日、とりあえず先端部分まで足場が伸びましたのでちょいとヘリから顔を出してご挨拶。 あと少々、足場トップでの仕事ができるよう工作をすることになっています。 足場が確保できたら次は屋根上の動きをラクにするためのハシゴ状の足場を木材で組み破風下まで伸ばします。 ⑤画像に見えるリング状金物に期待値が膨らんでいますが、その設定は古く信頼性はありません。 この存在は有難いのですが、かつて息子のやらかした「おしゃぶりの件」に準えて話すと奥方は爆笑していました。 それは彼が2歳くらいの時、同年代の子が咥えていたおしゃぶりを興味本位に「すぽん」という具合にすっぱ抜いてから打ち捨てたこと。 相手の子供は驚いて泣き出し、あたふたさせられた奥方の様子は今も彷彿とさせられます。 要は私があの金物にザイルをかけてテンションを掛けた瞬間に「すぽん」と抜けてそこから「スローモーション」そして「回想場面のシーン」ということです。 すべて最悪の事だけは念頭に入れて行動しなくてはね。 部材の金額予算は3万円以内での完成を目途としていますが、もしこの仕事を外注したとしたら100万円は超えるかもしれません。世話人有志に頼むこともまずムリですし問題提起することも野暮な話。 足場の設営コスト(時間と労力)が9割以上の仕事です。 その辺りの件ならばクライミンググッズとザイル、そして少々のお頭と度胸でカバ

    大澤寺

    墓場放浪記

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  • 3位

    高天神城の攻防と比木の城 黒山―山小屋論争

    午前中の史跡研究会の会合の延長。 会の増田氏の声掛けによって午後から比木公民館に向かいました。 比木にて「古城」(静岡古城研究会)の前会長の水野氏が来られるということでした。 新野の鈴木東洋先生の活動を引き継いだ会ですが、水野氏も既に名誉会長に勇退されていたとは・・・まったく時間が経つのは早い。 演題は表記「高天神城の攻防と比木の城」でした。 それにしても失礼な言い回しですが、こちらの比木という地の公民館での開催に「なんで?」とは思いましたが、演題に「比木城」が入っていましたね。 ちなみに公民館の位置といえば比木賀茂神社の西隣(場所はこちら)。 それにしても「比木の城」といってもその存在について承知していた人は稀れなのではないでしょうか。 どちらかにも記しましたが御前崎エリアに「城など一つもない」などという(大き目の)声を聞いたものでしたし・・・。 拙ブログではかつて比木の城について(またはこちら こちら)記していましたのでこのタイトルは面白いと思って増田氏の提案に乗ったというワケでした。 水野先生の主眼は当御前崎地区に山城が点在していてかつその築城と活用が誰だったのか・・・(なのですが、残存史料皆無につきすべてが推測ということになりますが・・・)その史料が残っていないことこそが、敗者撤収組の武田勝頼の仕置であることが推すことが出来、かつ当時の民衆(中世以降の「地下人」)の立ち位置、方向性とは基本的に戦乱からの逃避・・・逃散・欠落であってそれこそが「山」だったいう解説でした。 日本全国夥しいほどの山城があって、現代であっても新発見の報は枚挙にいとまがありませんが、そこのところを「山小屋論争」の件、引いていました。 「山小屋」は戦闘地帯(草刈り場)に住し、農耕生活を行っていた地元民がそれから逃げて、山に暮らすベースを言いますが、その地での集団生活に於いて外部からの襲来を恐れることは当然でしょう。 尚、「山小屋」の点在する場所は地名として「黒山」「中山」でありそれらの名称は「境界地」を意味し、「中山」は読んで字のごとく、「村と村の真ん中の山」。 また「黒山」の「黒」は図面境界を黒く(墨で)囲って示したならいから「黒〇〇」は境界を示唆する場合があるとの説明をされていました。 よって境界逃避場所の規模が大きくなると曲輪状の開削地(住居域)に土塁・空堀などの防御施設を附属することもあって、現状我が国の戦乱の起こった地にはた

    大澤寺

    墓場放浪記

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  • 4位

    唯識入門(12)

    今日はもう一題投稿します。この種子―薫習-現行は同時に起こってきます(三法転展同時因果といいます。)現行されたものが種子となり薫習され、薫習されたものが縁にふれ現行されてくることから、三法は同時に起こっているのです。私たちは本当に一期一会の時間を与えられていることがよくわかりますね。末那識とは、manasuマナスの音写なんです。定義としては、「思量するをもって性とも、相ともなす。」といわれています。何を思量するのかといえば、我を思いつづける、我の思いどうりにしたいと寝てもさめても思い続けるということを本質としているということなんです。この思量されたものが、阿頼耶識に蓄えられて、意識に上り現実の行動となって現れてくるのです。人間にとって一番大切なことはこの末那識の転換ですね。転換とは、知ることなんですね。自我意識...唯識入門(12)

    唯識に学ぶ・誓喚の折々の記

    唯識に学ぶ・誓喚の折々の記

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  • 5位

    「独り善がり」も まぁいいか・・・高島清水山城

    大河ドラマは野盗に人買い(人身売買)そして寺院による関銭の徴収など、当時の社会情勢を取り入れて描こうという方向性のようなものを感じました。 これまでの戦国時代の大河ドラマではその手の庶民の困窮を表現する場面はそうありませんでしたのでそれはそれでまた楽しく見られます。 特にまた僧形の屈強者が「さっきも払ったのにまたか・・・」と文句をつけた商人らしき旅人に殴る蹴るの暴行を加えるシーンがありましたが、まぁ場所的に考えれば比叡山の僧兵をイメージするところです。 商人の「さっきも・・・」の台詞から「関」がいたる所に設けられていたことを示唆していましたね。 関は国・郡・町村の境界、物流の拠点、船着き場に橋など通行料含めて私設・公設含めて手っ取り早い現金収入ですがやはり「銭」というものが広く流布していませんので米を主体に「物」も徴収したことでしょう。 生産性も良くない時代ですのでそれら物の流れを阻害する関の存在はインフレを招き、庶民の生活は劣悪だったでしょう。 大名による国内、関を廃して楽市楽座を推奨したのは商人に物流と売買に特権を与え経済活動を円滑に行わせて利潤を多くあげさせその上前を独占して徴収するシステムです。 商人は当国の大名権威者にのみ税を支払い、他の各徴収活動を拒絶し保護されるというメリットがあったのでしょう。 それにしても今回の大河の衣装は特筆モノ。 民衆レベルであっても、きらびやかで原色の着物はさすがに無理がありますが、その件はキレイだから「まぁいいか・・・」です。 私が「それで良かった」の自己満足のあとずっと後を引きづっている件・・・。 それが近江の清水山城をブラついた帰り途(場所はこちら)。 おそらく大手道の直線だと思いますが、「竪堀の掻き揚げ土塁の底部を歩行するタイプか?」などと考えながら歩いている時・・・「土塁上の植物繁茂のせいで崩壊が免れ現在は堀底ではなく土塁上を歩いているいるのかも・・・」などと色々思案しながらですが、平らかに見える石がべったりと土に張り付いて埋まり、ちょうど良さげのステップになっている様子が目に入りました。 将棋の駒のような形の花崗岩質のそれに立ち止まって「まさかね」と言いながら、カメラを首に掛けなおしてから両手での石を起こしました。するとやはりそれは石仏でした。 この辺りは信長に蹂躙された地であり、城の一部には各所から出た石仏が集められている場所がありますが、そういった石仏が上部

    大澤寺

    墓場放浪記

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  • 6位

    センター試験「仏教」に関する設問

    昨18日実施された2020年大学入試センター試験「倫理」に出題された、仏教に関する設問です。問3下線部Cに関して、大乗仏教についての説明として最も適当なものを、次の①~④のうちから一つ選べ。「13」①大乗仏教は,上座部仏教が自らを「小乗仏教」と名のったのに対して,自らを大きな乗り物に譬えてその立場の違いを鮮明にした。②大乗仏教で尊敬の対象とされる菩薩とは,在家の信者とは異なり,他者の救済を第一に考える出家修行者のことである。③大乗仏教の代表的な経典の一つである『般若経』ではあらゆる事象には固定不変の本体がないと説かれている。④大乗仏教は、スリランカから東南アジアへと伝えられ。その後、東アジア世界に広がっていったため、「南伝仏教」と呼ばれる。正解は③です。センター試験「仏教」に関する設問

    仏教を楽しむ

    仏教を楽しむ

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  • 7位

    あの人と巡り合ったのは偶然じゃないかも…( ゚Д゚)という話

    おはようございます。タカです。 僕には毎年、読み返す小説があります。 それは「一刀斎夢録」という小説です。 幕末の動乱を生き抜いた元新選組三番隊組長〈斎藤一〉が陸軍中尉〈梶原稔〉に昔語りを聞かせるという内容です。 もうこの時点で面白そうですね! …意外とそうでもないですかね(;^ω^) 毎年、年明けから読み始めて少しずつページを進めていきます。 小説の中で語られる数奇な運命は何度も読んでいてもなお心に深く刺さります。 「一刀斎夢録」の内容についてはまたいつか触れたいと思いますが、今回は数奇な運命について考えたことを記事にしていきます。 お付き合いいただければ喜びます(*‘ω‘ *) 運命の糸

    axe52タカ

    輝来心の言葉

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