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  • その覚悟があるか!! part2

    つづき。堅信を授かるとは「キリストの兵士」となることだと書いたが、どうやら今のカトリック教会は必ずしもそうだとは考えていないらしい。自分が受けた時はそうだったし、今でもそう思っている。ましてや堅信の講座も受けていないし、教わってもいないから昔の教えは自分のなかでは続いているのです。じゃこれも違うのか?堅信をうけた者はカトリック教会では大人として扱われる。つまり、一人前のカトリック者だということだ。聖霊の導きのもとに信仰生活を歩んでいくことになる。確かに一人前のと言われたらちょっと引いてしまう部分もあるが、何かのタイミングで"証"をしなければならない時がくるかもしれない。最悪な場合でも一人になることはない。確かに人間側からは捨てられる時がくるかもしれない。でも、私達の信仰はなんと教えているか、考えてほしい。私達に...その覚悟があるか!!part2

    使徒ヨハネ

    John note~ヨハネのひとりごと

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  • 人間の三つの体の発達

    人間の三つの体は誕生後、時間の中で順番に発達していきます。先に形成される身体はつぎの体の基盤になります。特に、エーテル次元でのエネルギーの調律、充実は、三体の…

    すばる

    すばるのブログ

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  • 106冊目『意識はいつ生まれるのか』ジュリオ・トノーニ

    著者は、長年にわたって睡眠医学の発展に貢献し、「統合情報理論」により意識の科学にも一石を投じた精神科医です。睡眠とは、意識を喪失する体験として動物にありふれた行動で、それでいて現在に至るまでその決定的なメカニズムが解明されていない不思議な生理現象です。睡眠から意識の研究へとシフトしていった経歴がまず面白いと思います。 本書は、意識とはどういうものなのか知りたい人にとって非常にスリリングな読み物…

    napier

    Soul and Belief 孤独な哲学者たち

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  • ”「七光線占星学」より シリーズその2”

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    すばる

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  • なぜいちじくは枯れたのか

    parstoday.com 聖書には、ぶどう、オリーブ、麦、いちじくなどの農産物の話題があらわれます。それらは「神の恵み」を象徴する場合がほとんどですが、ことに「いちじくの木」はイスラエルを、「いちじくの実」はイスラエルの民の信仰を表していると考えられています。聖書を読んでみましょう。 エレミヤ書 24:1-6 見よ、主の宮の前に置かれているいちじくを盛った二つのかごがあった。その一つのかごには、はじめて熟したような非常に良いいちじくがあり、ほかのかごには非常に悪くて食べられないほどの悪いいちじくが入れてあった。主はわたしに、「エレミヤよ、何を見るか」と言われた。わたしは、「いちじくです。その…

    クッキングホイル

    キリスト教の問題点について考える

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  • アンターカラナ(レインボーブリッジ)の視覚化行法のZoom講座講座を日曜日に行いました。

    アンターカラナ(レインボーブリッジ)の視覚化行法のZoom講座講座を日曜日に行いました。つまるところ、中央チャネルの構築とコーザルエリアをある色彩に満たすだけ…

    すばる

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  • その覚悟があるか!!

    堅信を受けるとは聖霊の恵みを受けると共に「キリストの兵士」になることを意味する。「キリストの兵士」とは、どんな不利な状況におかれても、一人になってあざけられてもキリストの側につくことを言う。あなたたちにその覚悟はあるのか?その覚悟があると答えた人を神友(とも)と呼びたい。なぜ、こんな事を書いたかというと、コロナであまりにも口から手での拝領に移る人が多いからなんです。たしかに、ミサが再開され聖体拝領できる人はいる。教会は、根拠のないにも関わらず、ご聖体の拝領は手でして下さいとうながす。いままで頑張って口で拝領してきた人の努力はなんだったのか?と思いました。今、教会で口で聖体拝領する人はごくわずか。回りからみても、司祭から見ても違和感をかもしだしている。でも、主のために我慢してやってきた。主を守るために。コロナに便...その覚悟があるか!!

    使徒ヨハネ

    John note~ヨハネのひとりごと

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  • 8カ月ぶりに教会にいく

    8カ月ぶりに教会にいきました。所属教会ではないので、ミサには与れませんでなので、午後にふらっと聖体訪問と祈りに行ってきました。いつくしみのチャプレットとコンソラータの祈りをしてきました。この教会は以前と変わったところがあります。聖母子像の横にいつくしみのイエズス様の御絵を飾ってあることです。いままで、入った教会でいつくしみの御絵があった教会はありませんでした。イエズス様は聖ファウスチナにおっしゃいました。「この御絵はまず、お前たちの聖堂に飾られるべきである。」と。私たちは神様の正義により救われることはありません。神様の憐れみよって救われるのですから。今回、本当に教会に入れただけでも感謝です。いつか、また、ミサに与りたい。きっと昔とは違った心が生まれることでしょう。8カ月ぶりに教会にいく

    使徒ヨハネ

    John note~ヨハネのひとりごと

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  • ヘーゲル『哲学入門』第一章 法 第十六節[契約の履行]

    §16DieimVertragenthalteneWillenserklärungistnochnichtdieVerwirklichungundAusführungdesÜbergehensmeinerSacheoderArbeitandenAndern.DieserÜbergangausdemGrundedesVertragesistdieLeistung.第十六節[契約の履行]契約のうちに含まれる意志の表示は、いまだなお、私の物や労働の他人への移行を実現し実行するものではない。契約に基づくこの移行が給付(Leistung.)である。Erläuterung.MeinVersprechenimVertragenthält,dassichetwasdurchmeinenWillenausderSphäredes...ヘーゲル『哲学入門』第一章法第十六節[契約の履行]

    sora

    夕暮れのフクロウ

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  • ヘーゲル『哲学入門』第一章 法 第十六節[契約の履行]

    §16DieimVertragenthalteneWillenserklärungistnochnichtdieVerwirklichungundAusführungdesÜbergehensmeinerSacheoderArbeitandenAndern.DieserÜbergangausdemGrundedesVertragesistdieLeistung.第十六節[契約の履行]契約のうちに含まれる意志の表示は、いまだなお、私の物や労働の他人への移行を実現し実行するものではない。契約に基づくこの移行が給付(Leistung.)である。Erläuterung.MeinVersprechenimVertragenthält,dassichetwasdurchmeinenWillenausderSphäredes...ヘーゲル『哲学入門』第一章法第十六節[契約の履行]

    SORA

    作雨作晴

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